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NGBの社会的役割

守勢に立たされた日本企業(1980年〜90年代前半)

1980年代、米国がプロパテント政策を打ち出したのに対し(『プロパテントの時代』の項目参照)、日本企業は、ビジネスを知的財産権で積極的に守るという意識が比較的希薄でした。また、海外、特に米国に活動の場を移したとき、法律や裁判制度の違いなどもあって、知的財産権を武器に攻められることへの対応策の研究も不十分でした。
日米特許紛争において、日本企業を震撼させる衝撃的な事件が続出したのもこの時期です。1985年、コーニング社と日本企業とによる光ファイバ特許侵害訴訟で、日本企業の全面敗訴の決定が下されました。日本企業は和解金を支払い、アメリカ市場からの撤退を余儀なくされました。続いて、ハネウェル社が提訴したオートフォーカス特許侵害訴訟、テキサスインスツルメンツ社が提訴したDRAM特許侵害訴訟等では、敗訴した日本企業側が1億ドルを優に超える和解金を原告のアメリカ企業に支払い、日本企業に衝撃を与えました。また、レメルソンをはじめとする多数の個人発明家が日本企業を標的とする事件も多発しました。こうした苦い経験を経て、日本企業は米国相手の特許係争対策を経営戦略に組み込まざるをえなくなりました。

日本のプロパテント化(1990年代半ば〜)

情報や知識が大きな付加価値を生み出す「知恵の時代」を迎え、欧米が官民を挙げて知的財産戦略を強化している中で、我が国産業の国際競争力を強化し(中略)ていくためには、創造的な技術開発を行い、それによって産み出された知的財産の価値を最大限に高めて、利益を生み出す仕組みを作り上げていくことが必要である。

以上は、工業所有権審議会(特許庁に設置)の報告書からの引用です。アメリカに遅れること10年、80年代バブルの後遺症に悩む日本経済において、現下の不況を克服し産業競争力の強化へとつなぐ切り札が「知的財産」であるとの認識の下、産・学・官それぞれの立場から、重要な国家戦略として「プロパテント」を志向するようになったのです。

時代が要求する知的財産権のマネジメント専門企業

このような流れを受け、いまや、日本企業においても、知的財産権は、経営戦略上の最重要課題であり、それに伴う支出は「投資」であり、ひいては大切な「資産」を形成するものと認識されるようになってきました。これに伴い、企業の知的財産部門の業務は、高度化、複雑化してきています。
このような時代においては、知的財産権を高度にマネジメントするサービスが求められています。知的財産権戦略を重要な経営戦略として立案し、状況に応じて様々な戦術を展開することをサポートする「知のコンサルタント」を時代は要求していると言えましょう。
私たちNGBは、創立以来、40有余年にわたり培ってきた「権利取得から維持・運用に至るプロセスをカバーする独自のノウハウ」と「海外150カ国以上の特許法律事務所・調査機関とのネットワーク」を駆使し、時代の要求する「知のコンサルタント」としての役割を果たしていきたいと考えています。