TOPページ知財情報【Cases & Trends】職務発明の対価算定-「企業自治にゆだねよ」

【Cases & Trends】職務発明の対価算定-「企業自治にゆだねよ」

2003/04/28 日本

相当の対価

職務発明をめぐる裁判(「日立事件」)で東京地裁は昨年11 月、特許の対価を3400 万円余と認定した。この金額は、職務発明に対する対価としては史上最高額である。特許法は、業務範囲に属する職務発明について、「相当の対価」の支払いを受ける権利を発明者に与えている。対価の額は、その発明により「企業が受ける利益」や「企業の貢献度」を考慮して決める。日立事件は、元研究員であった原告が、在職中に発明した光ピックアップ関連発明について特許法上の「相当の対価」として9 億円余の支払いを求めたもの。冒頭の金額は、それに対する一審の判断である。原告・被告とも一審判決を不服として東京高裁に控訴した。

続発する裁判
職務発明をめぐる企業と元従業員との間の裁判が続発している。きっかけは、「オリンパス事件」判決。裁判所が

1)企業は相当の対価を一方的に決めることはできない
2)法が定める対価に満たなければ発明者は不足額を請求できる

との判断を示したからだ。口火を切ったのが米カリフォルニア大サンタバーバラ校中村修二教授。古巣の日亜化学工業を訴えた。発明の帰属問題については昨年9 月に中間判決が出され、権利は会社側にあるとされた。対価については、現在、審理中である。

中村事件の中間判決に前後して、3 件の裁判が相次いだ。日立金属の元従業員が7月、職務発明の対価として約7600 万円の支払い求めた。9 月には味の素の元従業員が20億円を求める裁判を提起し、そして翌10 月には敷島スターチの元従業員が約16億円を求めた。

冒頭の日立事件判決は、このように提訴が続発する中で出されたものであった。

司法判断になじまない

特許法で定める「企業が受ける利益」については、特許料収入などがある場合には計算しやすい。オリンパス・日立の両事件も、ほぼ実施料をベースに算出された。しかし、もう一つの要素である「企業の貢献度」は扱いが難しい。算定のための要素が個々のケースで大きく異なるからだ。

大手化粧品会社が、関連特許の寄与率を内部資料用に試算しようとしたことがある。社員が関係部門からのヒアリングを行ない、一年かけて調査をまとめた。一番頭を悩ませたのは社内関連部門の売上に対する貢献をどう評価するかであった。結局、調査者の主観で調整せざるを得なかった。

オリンパス事件判決で、特許法の規定は「強行規定」であり会社が一方的に対価の額を決めても無効だ、とされた。日立事件判決では、「強行規定」の文言は消えたが、裁判所が対価を決めるという立場に変化はない。

しかし、これから対価をめぐる裁判は目白押しだ。裁判所は、社内の人間でも調整に難航する寄与率などの要素をどう判断していくのであろうか。しかも、職務発明の問題は、企業在籍時に受けた不遇に対する感情的なしこりが根底にあって提起されることが少なくない。

「経営リスク」の視点

企業において新事業が成功する保証はどこにもない。むしろ成功した事業より失敗した事業の方が多い。企業は少数の成功事業で多数の失敗事業のコストを吸収し、利益を確保する社会的使命を負う。事業が成功したからと言って、関連特許の発明者に大判振る舞いする余裕はない。

確かに、これまでの企業の職務発明の扱いに問題があったことは事実だ。企業もそれを認識し、抜本的な改善に着手している。優れた研究者や技術者を確保することが産業競争を生き抜く上で必須であることを企業は認識している。そのために適切な社内制度の構築を急いでいる。

このような状況だからこそ、職務発明の問題を最初から企業自治に任せるという考えがあってもよい。企業は、貢献の著しい発明者に対しては、賃金・昇進などの制度と整合性をもつように厚く処遇をすればよい。それでも発明者に不満が残るときは、その企業を去ればよい。企業に違法性があれば、その時こそ裁判所の出番である。

「何もしないリスク」

日本は、今、「知財立国」に向けて大きく舵をとった。経済産業省でもこの問題を取り上げており、日本弁理士会や日本知的財産協会も法改正を提案している。新設された知的財産戦略本部でもこの問題を検討することになろう。今、官民あげて職務発明に取り組もうとしている。つまり、膨大な社会コストが費やされようとしている。

職務発明の対価問題に正解はない。たとえ法律を改正しても詳細なガイドラインを作っても、それが根本的な解決をもたらすものではない。企業の産業競争力が落ち、この問題による社会的コストが増えている現状を放任するのは「公共の利益」に反する。そうであれば、最高裁は公益に反する現状を改める責任を負う。

しかし、日本の最高裁はそのようには考えていないようだ。4 月22 日、最高裁は、オリンパス事件で上告を棄却した。いわば、職務発明の対価問題という泥沼から抜け出す格好の機会を放棄したとのである。結局、これでは「何もしないリスク」を冒していることに他ならない。

オリンパス事件での最高裁判決は、否応なく昨年のフェスト事件での米国の連邦最高裁の判決を思い起こさせる。均等論に対する死刑判決とまで言われた米連邦控訴裁の判断を差し戻した連邦最高裁は、「確立した期待を危うくするような改変を採用する際には裁判所は慎重でなければならない」と述べて、司法判断のバランス感覚の重要性を指摘した。

彼我の差は大きいと言わざるを得ない。

(藤野仁三:現・東京理科大学大学院MIP教授)

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