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2024.08.15

特許部 中辻 啓 新崎 智章

米国意匠の自明性判断基準を変えるLKQ v GMのCAFC大合議判決

これまで紹介してきたLKQ Corporation v. GM Global Technology Operations LLC事件の米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)大合議(en banc)での再審理の判決が2024年5月21日に下された。
この判決は、これまで40年以上にわたり意匠の自明性判断に用いられてきたRosen-Durlingテスト*を覆し、Graham最高裁判決に立ち戻った新たな自明性判断を行うことを求めた。
本コラムでは、今回のCAFC大合議での論点を振り返り、判決の主な理由、今後の意匠自明性について解説し、また判決から2か月経過した現在の状況を紹介する。

– 再審理での論点
大合議による再審理では、特に次の論点について見解が求められていた。
A. KSR判決はRosen判例およびDurling判例を覆すのか?
B. KSR判決がRosen判例およびDurling判例を覆さないとしても、KSR判決は意匠についても適用されてRosen-Durlingテストを排除または変更するか?
C. Rosen-Durlingテストを排除または変更する場合、意匠の自明性判断のテストはどのようであるべきか?

– 再審理の判断
判決では、主に3つの最高裁判決を参照した。
1. Graham判決 (1966):自明性判断のベースとなる判決である。自明性は、先行技術の範囲と内容、先行技術とクレームとの差異、関連技術分野の当業者のレベル、といった事実調査を行い、商業的成功、長期未解決の課題などの2次的考慮事項(これらをGrahamファクターと言う)を考慮して、最終的にクレーム発明と先行技術の差異が発明時において当業者にとって自明であったかどうかを判断するとした。
2. KSR判決 (2007):この判決以前まで特許の自明性判断に適用されたTeaching-Suggestion-Motivation (TSM)テストを覆した判決である。TSMテストは、自明性の判断に際して、後知恵を防ぐために、引例の組み合わせには何らかの教示(Teaching)、示唆(Suggestion)、動機(Motivation)が存在することを求めるものであった。これに対して、KSR判決ではGraham判決を参照してTSMテストが厳格すぎるとして、自明性の判断をより柔軟に行うことを可能にした。
3. Whitman Saddle判決(1893):意匠に関する判決で、先行意匠の組み合わせを柔軟に行った判例として参照された。

この判決では、2つの先行意匠の組み合わせ、つまりGrangerのサドル前半分とJeniferのサドル後半分を組み合わせることで、おおよそクレーム意匠ができあがる。

そして、この分野の先行技術、通常のサドル業者、先行技術とクレーム意匠の差異を考慮し、2つの既知のサドルを組み合わせることはサドル業者の通常技能を越えないと説明した。(なお、この判決では、クレーム意匠とは更に異なる部分があり、それが被疑製品に存在しないことを理由に非侵害と判断された)
以上の3つの最高裁判決を踏まえ、大合議での再審理の結果、現在のDurling-Rosenテストは不当に硬直すぎである;Graham,KSR,Whitman Saddle等の最高裁判例は全て、自明性判断に際しよりフレキシブルなアプローチを採用している。このため、Durling-Rosenテストを覆す、と判断した。

-新たな自明性判断
判決では、これまでのDurling-Rosenテストを覆したうえで、新たな自明性判断のフレームワークとして、意匠についても特許と同様にGraham判決に基づく自明性判断のフレームワークを適用すべきと示された。具体的には、以下のGrahamファクターを考慮する。

Graham ファクター1 (先行技術の範囲と内容)
→ 視覚的類似性に基づき主引例を特定する。主引例は、クレーム意匠と基本的に同じ(basically the same)である必要はないが(Rosen-Durlingテストの要件)、いくつかの先行技術から個別特徴を選んで組み合わせた仮想的なものではなく、何か実際に存在するものである。
→ 主引例は、類似技術(analogous art)である必要があり、これは通常はクレームされた意匠製品と同じ努力傾注分野の技術である。
Graham ファクター2(差異を認定する)
→ 通常の創作者の観点で、クレーム意匠と先行意匠を比較して差異を特定する。
Graham ファクター3(当業者のレベルを特定する)
→ 審査対象の物品についての通常の創作者の知識レベルを考慮する。

以上のファクターを踏まえた上で、クレーム意匠に関する分野の通常のデザイナーが、先行意匠を変更してクレーム意匠と同様の全体的な視覚的印象を得るような動機付けがあったか検討し、自明性を判断する。
なお、この問いは個別の特徴ではなく、クレーム意匠全体の視覚的印象にフォーカスする。
主引例に基づき自明でないときは副引例を考慮することができる。この際、主引例と副引例は、一方の特徴が他方に適用されることを示唆するほど非常に関連している(so related)必要はないが(Rosen-Durlingテストでの要件)、いずれもクレーム意匠の類似分野である必要がある。また、動機付けは引例自身にある必要はないが(KSR判決)、当該分野の通常のデザイナーが副引例の特徴をもって主引例を変更してクレーム意匠と同じ全体外観を得たであろう、という何らかの記録に裏打ちされた(後知恵なしの)理由が必要である。

また、2次的考慮事項(商業的成功、産業界の賞賛など)も自明性の判断に考慮される。
以上のような、意匠の自明性判断に関するフレームワークが提示されたが、引き続きどのように特許のフレームワークを意匠に適用するか未知である部分も存在することが判決内でも認識されている。
なお、事前にRosen-Durlingテストが覆され新たなテストが用いられることで、意匠の有効性について不確実性を引き起こすことが懸念されていた。この点、大合議は、Grahamテストが特許で機能していることが示されており、意匠でも同様には機能しないという理由はない。変化があることで、ある程度の不確実性が少なくとも短期間あるかもしれないが、法律、最高裁判例を鑑みて、厳格なRosen-Durlingテストを排除することはせざるを得ない。と判決を締めくくった。
このLKQ判決を受けて、その翌日2024/5/22に、米国特許商標庁(USPTO)がすぐに上記判断基準に沿った新たな審査ガイドラインを提示した。また、この中で事例やトレーニングが提供されることが予定されている。

-2か月経過したトレンド
この判決および新たな特許庁ガイドラインから2か月が経過した。最新の傾向を探るべく複数の米国代理人を訪問してヒアリングを行った。
各代理人とも、現状は特段目立ってこの拒絶が増加しているということはないという認識であった。いずれの代理人も、意匠における自明性拒絶は今後増加するだろうと想定しつつも、一部の代理人は、これも時間の経過とともに落ち着いてくるだろうと予想していた(特許でKSR判決後もそうであったように)。また、おそらく現在は特許庁内で審査官のトレーニングがされている段階ではないかという意見もあった。
NGBでも引き続き、新たな傾向がみられるか動向をモニタしていきたい。

参考文献
1. LKQ Corp. v. GM Glob. Tech. Operations LLC, No. 2021-2348, 2024 WL 2280728 (Fed. Cir. May 21, 2024)
2. CAFC 2021-2348 on petition for reharing en banc
3. Graham v. John Deere Co. of Kansas City 383 U.S. 1 (1966).
4. KSR Int’l Co. v. Teleflex Inc., 550 U.S. 398 (2007)
5. Smith v. Whitman Saddle Co., 148 U.S. 674 (1893)

新崎 智章
意匠案件を専任で担当。
意匠調査、権利化から係争案件、模倣品対策を対応。海外50国を超える意匠制度に精通している。

中辻 啓
弁理士 米国パテントエージェント合格
米国・中国での駐在経験を活かし、電気・機械分野の特許/意匠の権利化や模倣品対策、交渉などの係争について海外での豊富な実績を持つ。
欧州異議案件のスペシャリストとしても社内外から信頼を寄せられる存在。

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