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- 米国
2021.07.06
営業推進部:飯野
2021年6月、米連邦最高裁が審理していた二つの特許事件の判決が相次いで下されました。
・United States v. Arthrex, Inc. (口頭弁論 3/1/2021 判決 6/21/2021)
・Minerva Surgical, Inc. v. Hologic, Inc. (口頭弁論 4/21/2021 判決 6/29/2021)
それぞれの事件におけるCAFC判決や周辺動向については本コーナーでも紹介しましたので、ご参照ください。
・「PTAB行政特許判事の任命を違憲と判断したArthrex判決アップデート」(6/24/2020) 他
・「特許購入者は要注意!「アサイナーエストッペル」法理のゆくえ– 廃止、存続、限定的存続か(前編)(後編)」(5/26/2021 & 6/17/2021)
以下、それぞれの最高裁判決概要や周辺動向などを手短にご紹介します。
United States v. Arthrex, Inc. (6/21/2021)
「特許庁審判部(PTAB)の審判官(administrative patent judge: APJ)*が有する権限、とりわけIPR手続きにおいてAPJが行使する『レビューに服さない権限(unreviewable authority)』は、商務長官による下級官吏の任命と整合しない」
最高裁はこのように述べ、APJの権限実態は「下級官吏」というよりも「主要官吏(principal officer)」(上院の助言と承認のもと大統領に任命される)に相当するとして、CAFCと同様、合衆国憲法の任命条項(第2章第2条2項)違反を認めました。(*APJの訳語としてはこれまで直訳的に「行政特許判事」を使っていましたが、「審判官」の方が圧倒的に多いことに照らし、以後「審判官」で統一します。)
この違憲状態を救済する措置として、CAFCはAPJの解任を制限する規定を特許法から切り離すことで、APJを「下級官吏」の立場にすることを提案しました。これに対し最高裁は、「今回の憲法違反の根源は、商務長官によるAPJの任命よりも、APJ/PTAB決定に対する特許庁長官(Director)のレビュー権限が制限されていることにある(35 U.S.C. §6(c))」として、特許庁長官にAPJ/PTAB決定に対するレビュー権限をもたせることこそ適切な救済策であるとしました。これによりCAFC判決は破棄され、特許庁長官がこのレビュー権限を行使できるよう事件を差し戻しました。
[米特許庁、暫定長官レビュー手続きに関するガイダンス]
2021年6月29日、米特許庁は、Arthrex最高裁判決を受け、暫定長官レビュー手続き(interim Director review process)に関するガイダンスを発表しました。
長官レビューは、IPRまたはPGR手続きにおけるPTABの最終決定に対し、1)長官自身の裁量で自発的に、または2)当事者による申請に基づき、実施されます。レビュー申請期限は最終決定から30日以内。当事者以外の第三者による申請はできません。詳細は以下を確認ください。
”USPTO implementation of an interim Director review process following Arthrex”
https://www.uspto.gov/patents/patent-trial-and-appeal-board/procedures/uspto-implementation-interim-director-review
最高裁判決により、迅速を旨とするIPR手続きに「長官レビュー」という新たなレビュー構造が加わることになりました。これが今後のPTAB手続きにどのような影響を及ぼすことになるのか … 引き続き注視してゆきたいと思います。
Minerva Surgical, Inc. v. Hologic, Inc. (6/29/2021)
「アサイナーエストッペルは、数世紀におよぶ公正性(フェアネス)原則に根ざす法理であり、CAFCがこれを維持する判断を下したことは正しい。ただし、アサイナーエストッペル法理が適用されるのは、アサイナー(譲渡人)による特許無効主張が、同特許権の譲渡時にアサイナーが明示的または黙示的に表示した内容と矛盾する(contradicts explicit or implicit representations)場合に限定される。」
最高裁はこのように述べて、アサイナーエストッペル法理の廃止を求める上告人Minervaの主張を退けました。ただし、アサイナーエストッペルの適用範囲を広げつつあったCAFCの傾向には歯止めをかけ、あくまでアサイナーによる特許無効主張が譲渡時の言動と矛盾する場合に限定しています。
逆に「矛盾しない」(アサイナーエストッペル法理が適用されず、アサイナーによる無効主張が認められる)のは、いかなる場合をいうのか。最高裁は、これに該当する3パターンを例示しています。
・発明者が特許クレームの有効性について保証できる前に譲渡される場合。これは、雇用契約において、雇用期間中に開発しうる将来の発明に関する特許権を使用者に譲渡することが定められている場合に発生する。
・後の法的展開(法改正や判例の変更など)により、譲渡時の保証が無意味になった場合。
・譲渡後の特許クレーム変更によりアサイナーエストッペル法理を適用する根拠が失われた場合。本件もこのパターンに類する。すなわち、発行済み特許ではなく、特許出願を発明者が譲渡した場合にしばしば生じる。譲渡を受けた使用者による特許庁とのやり取りを通じて、譲渡時より著しく広い(materially broader)範囲のクレームとなった場合、発明者(アサイナー)はかかるクレームについて保証していたとはいえない。アサイナーがそのような表示(保証)をしていない以上、その新たなクレームの有効性を争うことは不公正とはならない。
最高裁によれば、CAFCはこのように限定的なアサイナーエストッペルの適用範囲について検討していない。具体的には、譲受人Hologicが侵害主張する特許クレームの範囲が、元従業員発明者トルカイが譲渡したときのクレームより著しく広くなっているかについて検討していないと指摘し、これを行うようCAFC判決を破棄し、差し戻しました。
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Minerva判決によりアサイナーエストッペル法理が維持されることは明確になりました。しかし、その適用はかなり限定されたものになり、かつ適用可否の判断はかなりケースバイケースになりそうです。同法理が適用されない例として最高裁が示した3パターンをどうとらえるか、今後さまざまな意見が出てくることが予想されます。少なくとも、最高裁に意見書を提出したPhRMA(米国研究製薬工業協会)にとって、パターン1(雇用契約)などはまったく受け入れ難いと思います(cf. 「特許購入者は要注意!「アサイナーエストッペル」法理のゆくえ– 廃止、存続、限定的存続か(後編)」)。Minerva判決が5対4というきわどい多数決であったことも、まだまだ論争が続く可能性を示しています。
Arthrex判決同様、Minerva判決についても、今後の動向をウォッチし、本コーナーで続報したいと思います。
最高裁判決原文はここから
United States v. Arthrex, Inc.
=>https://www.supremecourt.gov/opinions/20pdf/19-1434_ancf.pdf
Minerva Surgical, Inc. v. Hologic, Inc.
=>https://www.supremecourt.gov/opinions/20pdf/20-440_9ol1.pdf