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- 米国
2021.10.07
営業推進部 飯野
今回は、中国企業に対して米国特許侵害訴訟を提起した米企業による訴状送達の方法が争点となった事件を紹介します(In re: OnePlus Technology (Shenzhen) Co. Ltd.(Fed.Cir. 9/10/2021))。
外国に所在する被告に対する訴状などの送達については、「ハーグ送達条約」(正式名称は「民事または商事に関する裁判上および裁判外の文書の外国における送達および告知に関する条約」)というものがあり、米国も中国も(そして日本も)この条約の締約国です。一方、米国の連邦民事訴訟規則にも外国の被告に対する訴状送達に関する規定があり、条約に基づく送達方法の他に代替的な送達方法について定めています。
今回紹介する事件では、米国企業が選択した代替的送達方法の有効性が争われました。2021年9月10日に下された米連邦巡回控訴裁判所(CAFC)の判決(正確にいえば中間的命令)では、中国被告に対する訴状の送達について、中国当局を通さず米国代理人に送達するという代替的方法の有効性が確認されました。
この判決により、米国民事訴訟における訴状送達プロセスの迅速化が期待されるという指摘がある一方、まだ喜ぶのは早計との指摘もあります。さらには、今回の判決が日本企業にも影響を及ぼす可能性の指摘もあります。以下、判決の概要と専門家コメントの一部を紹介します。
事案の概要
2020年9月、Brazos Licensing and Development(“Brazos”)は、OnePlus Technology (Shenzhen) Co., Ltd.(“OnePlus”)に対し、5件の特許侵害訴訟をテキサス西部地区連邦地裁に提起した。OnePlusは中国法人であり、米国に営業所や従業員は存在しない。
中国は「ハーグ送達条約」の締約国であるが、Brazosは条約に基づく中国被告への訴状送達方法の負担を指摘して、テキサス地裁に対し、連邦民事訴訟規則(Federal Rules of Civil Procedure, 以下「規則」)4(f)(3)に基づく代替手段を許可するよう申し立てた。
地裁が申立てを認めると、Brazosは、過去OnePlusを代理したことのある米国弁護士とOnePlusの登録代理人(カリフォルニア州ヘイワード)宛に訴状と召喚状を送達した。
これに対しOnePlusは、Brazosによる代替送達の不当性とテキサス地裁による対人管轄権の欠如を理由に、5件の訴訟を却下するよう申し立てた。地裁は次のように述べ、OnePlusの申立てを却下する命令を下した。「規則4(f)(3)は、ハーグ送達条約に定められた手段とは別の方法で外国の被告に送達することを認める裁量権を地裁に与えている。この裁量権に基づく送達は有効であるため、OnePlusに対するテキサス地裁の対人管轄権も有効である」
OnePlusはこれを不服として、代替的送達手段を認めた地裁命令を取り消し、Brazosにハーグ送達条約に基づく送達を実行させる職務執行令状(writ of mandamus)をCAFCに申請した。
- 申請却下
判決要旨
米国外に所在する法人に対する送達方法について、規則4(f)(1)~(3)は次のように定めている。
(1)ハーグ送達条約のような国際的に合意された手段
(2)国際的に合意された手段がない場合…(A)当該外国の送達に関する法が定める手段…、または、
(3)国際的合意に反しない範囲で、裁判所が命ずるその他の手段。
中国と米国が締約国となっているハーグ送達条約では、各締約国は、他の締約国からの要請を受け送達をする「中央当局(central authority)」を指定することとされている。
OnePlusは、規則4(f)は外国で行われる送達に対してのみ適用されるものであり、米国内での送達を認める本件地裁命令は無効であると主張する。しかし、当裁判所の先例(Nuance Communications, Inc. v. Abbyy Software House, Fed.Cir. 2010)では、「規則4(f)(3)は米国内で行われる代替的送達を認めるために利用することはできない」という主張を退けている…。
OnePlusはまた、Brazosがハーグ送達条約に基づく送達を試みたができなかった、できる可能性がなかった、その他実行不可能であったことを示さなかったにもかかわらず、本件地裁が規則4(f)(3)に基づく代替的送達を認めたことは、明らかな裁量権の濫用であると主張する。
この主張も受け入れられない。地裁が代替的送達を認めたのは、ハーグ送達条約に基づく手続きが遅く、コスト高(slow and expensive)になるからである。確かに、当裁判所としては、ハーグ送達条約に基づく送達が、外国被告の米代理人に送達する非公式な手段より厄介だ(cumbersome)という事実のみに基づいて、規則4(f)(3)の代替送達を地裁が認めることには懸念をもつ。規則4(f)(3)は、代替的送達手段の方が便利と思われる場合すべてにおいて適用されることを意図したものではない。しかし一方で、規則4(f)(3)は、外国被告への送達を求める原告の「最後の拠り所(last resort)」でも「特別救済(extraordinary relief)」の一種でもない。逆に、規則4(f)(3)は規則4(f)の他の規定に属すことも支配されることなく、独立して他の規定と併存しているのである。裁判所も多くの事例おいて、「遅延とコスト」こそ、代替的送達の命令を発するか否かの判断に際し、合法的に関係する要素であることを認めてきた。
裁判所によっては、裁量権の行使に際し、原告が伝統的手段によって被告に送達することを合理的に試みたことが示されたか否か検討し、裁判所の介入を必要とするような状況があったか否かを示すよう求めた事例があるが、そのような検討は裁量権行使の指針となることはあっても、すべてをし尽くすことが要件とされているわけではない。
規則4(f)(3)に基づく救済を認めるか否かの決定において、地裁に付与されている広い裁量権に照らせば、OnePlusが求める特殊な職務執行令状を発行することは、本件においては適切でないと結論する。地裁は、より伝統的な送達手段が単に不便となるようなすべてのケースに代替的送達を命ずる意向を表明しているわけではなく、事実、そのような事案すべてにおいて規則4(f)(3)の救済が認められてはいないことは、記録上も確認できる。
以上の理由により、本件の現時点での記録に基づき、職務執行令状の発行を正当化するような裁量権の濫用はないと結論する。
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この判決に対しては、「外国の被告、とりわけ中国の被告に対する特許権行使を改善するものとして歓迎する声があるが、喜ぶには早すぎるのではないか」との指摘があります。
要するに、最終的に重要なことは米国裁判所の判決が米国あるいは外国において執行されること。被告が米国に資産を保有しており、米国で判決を執行できるのであればハーグ送達条約を迂回しても問題はないが、米国に資産がなく、被告の国で判決の執行を求める必要がある場合、条約を迂回する代替的送達は問題になる、ということです。米国法上の問題はないとして代替送達を行っても、いざ判決の承認と執行を求める段階で外国の裁判所は条約に基づく送達を行っていないことを理由に、これを拒否する可能性があります。とりわけ中国はハーグ送達条約において、中央当局(中華人民共和国司法部)を経由しない代替的送達について拒否宣言をしています。したがって、原告としては本来の目的を見失うことなく慎重に対応する必要があると説きます。(“The False Sense of Victory in Bypassing The Hague Convention on Service of Process” Guest Post by Professor Marketa Trimble, Samuel S. Lionel Professor of Intellectual Property Law, University of Nevada, Las Vegas William S. Boyd School of Law. (Patently-O 9/30/2021))
さらに、今回の判決が日本企業に及ぼす影響について言及するコメントもあります。
日本政府は2018年12月12日にハーグ送達条約第10条(a)で定める郵送送達について拒否宣言をしました。これにより、ハーグ送達条約に基づく日本所在被告に対する送達としては、中央当局(外務省)を通じた送達方法のみが法的に有効となります。これは外国(米国)の原告にとっては負担が大きくなりますが、今回のCAFC判決(OnePlus判決)に照らすとどうなるでしょうか。条約に基づく日本企業への送達は、米国原告にとって「遅延とコスト」が増すことになります。一般に日本の中央当局(外務省)経由での送達プロセスは効率的といわれていますが、OnePlus判決が出た以上、米国の原告は外交ルートを回避しようとするのではないか。とりわけ、日本の親会社に代わり送達を受ける米子会社や登録代理人などをもつ日本企業に対しては。(これについても前出の「判決の承認・執行」可能性を考慮すべし、との指摘が当てはまるかもしれませんが。)”Plaintiff Bypasses Hague Convention and Serves Complaint & Summons on Chinese Company’s U.S. Lawyers” YMF Law – York Faulkner (LEXOLOGY 9/13/2021) *このなかでFaulkner氏は、OnePlus判決が「送達放棄(waiver of service)」をめぐる原告・被告との駆け引きにも影響を及ぼしうる、という興味深い指摘をしています。
以上、筆者は訴訟経験が一切ないため、実際本判決が日本企業にどれだけの影響を及ぼしうるのか、想像できないまま紹介しましたが、引き続きこのテーマについてもアンテナを張り、続報してゆきたいと思います。
CAFC判決原文はこちらから
→ http://www.cafc.uscourts.gov/node/27817