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2006.05.09
TiVo, Inc.は、同社が保有する米国特許6,233,389号(テレビ放映の記録に関する技術を対象とするもので「タイムワープ」特許と呼ばれている)の侵害を主張して、2004年にEchoStar Communications Corporation他をテキサス東部地区連邦地裁に提訴した。
TiVoによる故意侵害の主張に対し、EchoStarは、弁護士のアドバイスに依拠して行動したとする抗弁を提示した。TiVoによる提訴前に、EchoStarは社内弁護士のアドバイスを得て、これに従って行動していた。訴訟が提起された後には、さらに社外弁護士(Merchant & Gould)のアドバイスを得たが、これには依拠しなかった。’389特許を侵害していないという決定を下した際のEchoStarの心理状態をさらに探るべく、TiVoは、EchoStarとMerchant & Gould事務所が保持する文書の提出要求を地裁に提出した。
地裁はこれを受け、EchoStarがその抗弁において社内弁護士のアドバイスに依拠したことにより、侵害に関するいかなる弁護士のアドバイスについても、弁護士・依頼者間秘匿特権および弁護士ワークプロダクト免責を放棄したことになり、これには社外弁護士であるMerchant & Gouldのアドバイスも含まれる、と命じた。
EchoStarは、Merchant & Gould事務所からの2件の侵害鑑定書を含む通信文書を提出したが、同事務所の鑑定書に関連する資料(ワークプロダクト)については提出しなかった。
2005年10月5日、地裁は先の命令を明確にするため、さらなる命令を発し、ワークプロダクト免責の放棄は、依頼人(EchoStar)に伝達されたか否かにかかわらず、Merchant & Gould事務所が収集・作成したすべての資料に及ぶと述べた。
EchoStarは、この地裁命令を不服として、CAFCによる見直しを請求した。
判旨
本件で提起されている問題は、特許の故意侵害を主張された被告が弁護士のアドバイスに依拠したことを抗弁理由とする場合に、被告が放棄したことになる弁護士依頼者間秘匿特権およびワークプロダクト免責がどの範囲にまで及ぶかというものである。
A. 故意侵害主張への抗弁として弁護士アドバイスに依拠することにより、EchoStarは弁護士依頼者間秘匿特権を放棄した、という地裁判断の妥当性
ある当事者が、たとえば故意侵害への抗弁として、弁護士のアドバイスに依拠すれば、弁護士依頼者間秘匿特権は放棄されたことになる。
EchoStarは、あくまで「社内弁護士の指導による社内調査」に依拠したに過ぎないのであるから、弁護士アドバイスの抗弁を提起しているのではない、と主張する。これに対し地裁は、社内弁護士が作成し、同社役員に伝達された見解書は、伝統的な弁護士鑑定とはいえないものの、法的な見解書であることに変わりないと判示した。この地裁の判断に誤りはない。……社内弁護士を用いることにより、抗弁の強さに影響が及ぶことはあろうが、そのアドバイスの法的性質に影響が及ぶことはないのである。
B. 弁護士(Merchant & Gould事務所)から依頼者(EchoStar)に伝達されなかった文書さえも放棄の対象に入るとした地裁判断の妥当性
EchoStarは、本件地裁が弁護士依頼者間秘匿特権とワークプロダクト法理の双方に適用した広い範囲の放棄は、地裁による裁量権の濫用だと主張する。当裁判所も、EchoStarの主張に同意する。
弁護士依頼者間秘匿特権とワークプロダクト法理は、関連性はあるものの、あくまで二つの異なる概念であり、一方が放棄されたからといって他方も必然的に放棄の対象になるというものではない。
弁護士依頼者間秘匿特権とは、法律アドバイスを求めるために弁護士と依頼者間でなされたやり取りの秘密性を保持するためのものであり、裁判所としては、依頼者と弁護士間の率直で十分なコミュニケーションを促進し、それにより依頼者が十分な情報に基づく法的判断をし、自らの行動を適法なものへと導くために、この特権を認めている。この特権は、依頼者側の裁量にゆだねられている。依頼者は、たとえば、抗弁の基礎として弁護士アドバイスを利用するときに弁護士依頼者間秘匿特権を放棄することができる。ただし、特権対象を選択することを認めれば、自らに不利なアドバイスについては特権を主張し、有利なアドバイスについてのみ特権を放棄するという不衡平な結果を導く可能性もある。そのような特権濫用を回避すべく、当事者が弁護士依頼者間のやり取りを開示することによって自らの行為を防御する場合、同一主題に関する弁護士依頼者間のやり取りすべてについて秘匿特権が放棄されたものとするのである。
一方、ワークプロダクト法理/免責とは、特権対象外のものも含め、訴訟を予期して作成された「文書や有形物」を保護するものである。文書であれ、口頭であれすべてのやりとりを保護対象とする弁護士依頼者間秘匿特権と異なり、ワークプロダクト免責が保護するのは、覚書、書簡、電子メールといった文書と有形物に限られる。ワークプロダクト法理は、「弁護士の思考プロセスと法律アドバイス」を相手方の詮索の目から保護することにより、公正かつ効率的なアドバーサリアル・システム(当事者対抗制度)を促進することを目的としている。……要するに、このワークプロダクト法理の存在によって、弁護士は、相手方が自分の労働の果実を奪うことはできないという認識の下に、自らの思考と見解を文書にすることが促されるのである。
ただし、このワークプロダクト法理も絶対的でないという点では、弁護士依頼者間秘匿特権と同じである。第一に、ある当事者が自らの主張を準備するために実質的必要性が存在し、かつ他の手段では同等の情報を得るために相当の困難が伴うある種のワークプロダクトについては、開示対象となりうる。もっとも、この場合の開示対象は、「事実関連」および「非見解書」(non-opinion)」のワークプロダクトに限定される。
ワークプロダクトが開示対象となるもうひとつのケースが、当事者がワークプロダクト免責を放棄した場合である。ただし、この放棄は、同一主題に関するやり取りをすべて放棄する弁護士依頼者間秘匿特権ほど広範なものではない。ワークプロダクト免責の放棄は、あくまでも開示されたワークプロダクトと同一の主題に関する「事実関連」および「非見解」な文書等に及ぶに過ぎない。……故意侵害主張に対し弁護士アドバイスの抗弁を主張することで、被告およびその弁護士は、すべてのファイルを隅々まで探し、すべての訴訟戦略を略奪する無制限の自由を相手方当事者に引き渡してしまうものではない。……連邦民事訴訟規則26(b)(3)の下では、いわゆる「見解書」ワークプロダクトは開示に対する保護性がもっとも高いものである。被疑侵害者側は、書簡や覚書に記された弁護士の見解を具現化するワークプロダクトに対する免責を放棄することはあるかもしれないが、弁護士自身の分析を放棄することはない。弁護士依頼者間秘匿特権を放棄することにより、見解書などの通信文書は、特権を失った、関連事実についての証拠、すなわち何が依頼者に伝えられたかの証拠となる。しかしながら、依頼者に伝達されなかった弁護士の法律見解と精神的印象は、そのような事実情報としての性質を備えることはなく、よって放棄の対象にはならないのである。したがって、弁護士の法律見解や精神的印象が依頼者に伝達されていなかった場合、被告が侵害について認識していたかの判断において裁判所をなんらサポートするものではなく、よって、この場合は、ワークプロダクト法理を支持する政策の方が勝るのである……。以上の理由により、特権の放棄がかかる文書にまで及ぶとしたのは、地裁による裁量権の濫用であると結論する。
(渉外部・飯野)