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2006.09.11

【Cases & Trends】最新欧州判例:「クロスボーダー・インジャンクション」を葬る欧州司法裁判所判決(前編)

これまで、どうしても米国事例が中心となってしまいましたが(これからもそうなりそうですが)、今回は欧州の重要判決をご紹介します。これは今年7月13日に欧州司法裁判所(European Court of Justice)が下した2件の特許事件判決であり(Roche v. Primus, C-539/03; GAT v. LuK, C-4/03)、いずれも欧州特許の侵害事件に対する加盟国裁判所の管轄権を、国境を越えて他の加盟国にまで及ぼせるかという問題を扱っています。その結果は、オランダの裁判所などが積極的に認めることで知られている「クロスボーダー・インジャンクション」も、この判決以降は認められないということになったようです。

今回は、前編としてRoche v. Primus事件判決をご紹介し、次回の後編ではGAT v. LuK事件判決、さらに欧州特許庁主導で進められているという欧州特許訴訟協定(EPLA)策定作業について、また、基本構造は異なりますが、これに類する米国の状況についてご紹介する予定です。

Roche v. Primus (C-539/03) ECJ July 13, 2006

[背景事実]

Dr. Frederick PrimusとDr. Milton Goldenberg(両者ともに米国在住)は、欧州特許第131627号を保有している。

1997年3月24日、両博士は、ロシュ・グループのオランダ法人Roche Nederland BVと、オランダ以外の8法人(米国、ベルギー、ドイツ、フランス、イギリス、スイス、オーストリア、スウェーデン)が、’627特許を侵害していると主張して、オランダの裁判所に提訴した。

オランダ法人以外のロシュ・グループ法人は、オランダの裁判所には管轄権がないことを主張して訴えの却下を求めた。

1997年10月1日、オランダの第1審裁判所は、ロシュ側の主張を認め、プリマス博士らの訴えを却下した。しかし、控訴裁判所は、地裁決定を覆すとともに、被告による’627特許の侵害を認定し、同特許の指定国すべてにおける侵害を禁ずる指し止め命令(いわゆる「クロスボーダー・インジャンクション」)を下した。上告を受けた最高裁は、手続きを停止し、以下の争点に対する判断を求め、欧州司法裁判所に事件を付託した。

1. 侵害訴訟が提起された裁判所の国(EU加盟国)に登記された営業所を有する被告への侵害請求と、他の加盟国に登記された営業所を有する他の被告(他の加盟国における当該欧州特許の侵害が主張されている)への侵害請求の間に、ブラッセル条約第6条(1)項で要求されるような「関係(connection)」が、存在するのか否か

2. 上記1.に対する回答が「否」の場合、いかなる状況にそのような「関係」が存在するといえるのか。また、この判断において、以下の事項は関連をもつのか:
– 被告達が同一企業グループのメンバーであるか否か
– 被告達が共通の方針の下で一緒に行動していたか否か、またそうであるならば、かかる方針の出所は関連性を有するのか
– 被告達の侵害被疑行為が同一もしくはほぼ同一であるか否か

[判決要旨]

本件は、民事・商事事件における裁判所の管轄権と判決の執行に関する1968年9月27日条約(「ブラッセル条約」, その後、規則44/2001/EC「ブラッセル規則」に置き換わっている)第6条(1)項の解釈を争点としている。

条約第2条は、「……締約国に居住/所在する者は、その国籍に関係なく、当該締約国の裁判所に訴えられるものとする」と規定する。第6条は、2条の例外たる「特別管轄」について定めており、その第1項は「……複数の被告の1人である場合、その者は、他の被告のいずれかが所在する他の加盟国の裁判所にも訴えられ得る」と規定する。

Kalfelis事件(189/87 [1988] ECR 5565)において、当裁判所は、「条約第6条1項が適用されるためには、同一原告が複数の被告に対して提起した複数の訴訟の間に、ひとまとめに判断するほうが相反する判決(irreconcilable judgments)のリスクを回避する上で適切である、といえるような関係が存在しなければならない」と判示した。

「関係」の要件は第6条1項の文言自体から派生するものではない。第2条の一般管轄に対する例外規定(第6条)が逆に原則の存在自体に疑問を投げかけるような事態を回避するために、当裁判所が推論により導き出したのである。また、この要件は後にブラッセル条約に置き換わったブラッセル規則において明示規定されている……。

ここで「相反する判決」を広義に解釈するか狭義に解釈するか、両当事者間に争いがあるが、いずれにせよ、異なる複数の加盟国に所在する複数の被告がそれぞれの国で行った行為に対し、複数の加盟国で提起された欧州特許侵害訴訟において、そのような相反する判決のリスクは存在しない。本件を担当した法務官が述べたとおり、複数の判決が互いに矛盾するとみなされるためには、紛争の結果にばらつきがあるというだけでなく、そのばらつきが同一の法的および事実的背景において生じなければならないのである。異なる複数の加盟国に所在する複数の被告企業がそれぞれの国で行った行為に対する欧州特許侵害訴訟においては、同一の事実的背景を推論することはできない。被告はそれぞれ異なっており、主張されている侵害行為もまた同じものではないからである……。

さらに、一見すると訴訟経済上の観点から、このような訴訟は併合してひとつの裁判所で審理されるべきという考えも出てこようが、かかる併合審理による利点は限られたものであり、むしろ、ブラッセル条約が定めるルールの法的安定性が損なわれる危険性や、有利な裁判地を漁る行為(forum shopping)の助長といった弊害のほうが大きくなる恐れがある……。

以上に鑑みれば、ブラッセル条約第6条(1)項は、複数の加盟国で設立された複数の企業を当事者として、これらの企業がこれらの加盟国でなした行為に対する欧州特許侵害訴訟には適用されないものと結論する。これは、これら複数の企業が同一グループに属し、共通の方針に従い、同一または同様の態様で行為した場合も同様に当てはまる。

(渉外部・飯野)

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