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2008.05.27

特許/仮差止め命令/本案勝訴の可能性を証明する判断基準

 仮差止め命令を認めるか否かを決定するには、地裁は四点の要素を考慮する。(1) 特許権者の本案勝訴の可能性、(2) 差止め命令が認められない場合の回復できない損害、(3) 当事者間の困難の度合いのバランス、(4) 公共の利益である。本案勝訴の可能性を証明するためには、特許の有効なクレームを侵害している可能性を証明しなければならない。一方、勝訴の可能性の証明を回避するためには、無効性の実質的な問題を示さなければならない。
 仮差止めの最中に、有効性を争うには、事実審における無効性の判断を支持するのに十分な証拠に基づく無効性に関する実質的な問題点を提示すればよく、現実の無効性を証明する必要はない。争点のクレームが脆弱であることを証明するためには、無効性の実質的な問題点を提示しなければならない。ゆえに、無効性の実質的な問題点の証明は、現実の無効性を証明するための明確にして確信を抱くにたる基準より、緩やかな証明力を要求している。
EIA規格の間隔条件を加味した先行技術のフランジが、約30センチより長くないケーブルのたるみをえるようにするために、EIA規格の間隔条件を加味した本件特許のフックを使用する通常の技能を有する者に対して、暗に動機付けしうると理解することは、合理的であって、当業者の証言との組合せによって、特許クレームの無効性に関する実質的な問題点が提示されると認められる以上、自明性を根拠とする無効性の主張は、有効な特許の侵害に関する本案勝訴の可能性を否定するために、クレームの有効性に十分疑問を投げかける。
 反対意見は、有効性に関する「実質的な問題点」の提示は、無効性を確立することの「可能性」を確立するのとは同一ではないとし、先例が明らかにしている判断基準は、推定と証明責任の認識を伴う事実審勝訴の可能性であって、特許の有効性について「疑いが生じる」とか「疑問を呈する」ことで十分であるとするのは正当ではないとして、多数意見を批判した。
(Erico International Corporation v. Vutec Corporation, et al., CAFC, 2/19/08)
事実概要
 Erico International Corporation(以下、Erico)は、商業用ビル、その他の施設の電気および通信設備に使用される多様な留め具を開発し製造している。特に、Ericoは、一般的なJ-Hook型の留め具を販売している。J-Hookは、種々の強度とサイズで提供され、ケーブルの長さを支持する金属装置である。Ericoは、発明者のRaymond Scott Laughlinによって、そのJ-Hookとその使用方法に関して、米国特許第5,740,994号(以下、’994特許)を取得した。’994特許は、1998年4月21日に発行されたが、出願日は、1996年12月26日である。’994特許のFIG.6は、J-Hookを図示している(FIG.6参照)。Ericoは、J-Hookの装置クレームに関しては、侵害を主張していないが、J-Hookの使用方法であるクレーム17を主張する。’994特許のFIG.18は、使用方法を図示している(FIG.18参照)。
 2000年1月、米国特許商標庁(PTO)は、’994特許を再審査し(Reexamination No. 90/005,606)、J-Hookに関する多数の装置クレームを取り消した。特に、PTOは、当該装置クレームに関して、特許法第103条に基づき3件の引例に照らして、自明であると認定した。引例は、Akashi et al. (JP ‘290), 3-89290, Sep. 11, 1991, (日本公開特許)、Erico, “For Communications & Low Voltage Applications,” pp. 3-26 (1994)、およびOBO Bettermann Publication, p. 243と”Cable Support Clips,” p. 18である。Ex parte Raimond Scott Laughlin, Appeal No. 2002-0244 (2002年5月14日)参照。特許審判抵触審査部(Board)は、取消しを確認した。クレーム17は、再審査の手続でも存続した。
Doc’s Marketing Corporation(以下、Doc’s)は、多様なハードウェア品目を製造し、特に、J-Hookを製造販売している。Doc’sは、そのJ-HookがEricoのJ-Hookを複製したものであることを認めている。2005年、Ericoは、そのJ-HookのコピーをDoc’sが販売していたことを発見して、Doc’sに通知した。当初、Doc’sはEricoに確約して、その現存しているJ-Hookの在庫を販売しないとした。Doc’sは、またEricoに、J-Hookの複製と販売を将来的にやめることを約した。しかしながら、その後、Doc’sは、放置しておくと約束した製品そのものを販売し、J-Hookの複製品を製造販売し続けた。Ericoは、Doc’sに対して、’994特許クレーム17に関する被疑侵害の禁止を求めて訴訟を提起した。Doc’sは、クレーム17の有効性を争った。
 2006年5月3日、地裁は、仮差止め命令を求めるEricoの申立てを認めた。Doc’sは、再審を求める申立てを行なった。地裁は、Doc’sによる再審の申立てを否定した。地裁は、正当な四要素のテストを適用し、「勝訴の可能性」を強調して、Oakley Inc.事件(316 F.3d 1331)とeBay, Inc. v. MercExchange事件(LLC, 547 U.S. 388 (2006))を引用した。
 Ericoの本案勝訴の可能性を分析する際、地裁は、Doc’sによる無効性の防御に関して三点を考慮した。すなわち、(1) 特許取得に関するEricoによる不衡平行為、(2) 特許法第102条(b)に基づく販売による不特許事由、(3) 特許法第103条に基づく自明性、に関してである。第一に、Doc’sは、「’994特許の無効(または、さもなくば実施不能)は、原告が、特許出願審査経過において、PTOに重要な情報を開示しなかったことから生ずる不衡平行為による」と主張している。特に、Doc’sは、Ericoが、オープントップ型のケーブル支持体に関する間隔の規格を記載する1990 EIA/TIA(Electronics Industries Alliance/Telecommunications Industry Association、米国電子工業界・米国通信協会)規格を開示していないと述べている。しかしながら、地裁は、PTOを欺瞞する意図をDoc’sが証明しなかったことを正当に認めた。ゆえに、不衡平行為は、審理のこの段階では、可能な防御であることが証明されていない。
 販売による不特許事由の防御に関しては、Doc’sは、’994特許の出願日より一年以上前に、J-Hookを使用するクレーム17の方法を現実に実施していた証拠を提示していない。ゆえに、記録には、第102条(b)が適用されない可能性が提示されている。
 最後に、Doc’sは、「クレーム17は、特許法第103条に基づき無効であって、クレーム17に記載された方法論によるJ-Hookの先行技術の組合せが、特許出願日前に公知の場に存在しているすべてのことに照らして、法令に定義されているように『自明』になっている」と主張した。Doc’sは、特に、1990 EIA/TIAの間隔規格と組み合わせたOBO Bettermanの引例が、クレーム17を自明にしていると主張した。地裁によると、「本件特許に特定された適合規格は、1990 EIA/TIA規格に記載される間隔要件そのものである。」しかしながら、地裁は、Doc’sによる自明性の防御は、不十分である可能性を認めていた。PTOは、先行する審査中に、Doc’sが提示している自明性クレームそのものを評価するための十分な情報をもっていて、非自明性の二次的な考慮は、Ericoに有利に働いていたからである。
 Doc’sによる無効性の主張は、実質的な問題とクレーム解釈を提示していないことを認定した後、地裁は、Ericoが、Doc’sによる寄与侵害を首尾よく証明している可能性を認めた。Doc’sによって販売されたJ-Hookは、特に、クレームされたように通信ケーブルを架けるのに採用されていたからであり、また、Doc’sは、J-Hookが実質的な非侵害使用を有することを証明できなかったからである。Doc’sがJ-Hookの複製と販売を認めたことを根拠として、地裁は、差止め命令がなければ、Ericoが回復できない損害を被ることになり、困難のバランスが、非常にEricoに有利に傾くと認定した。ゆえに、地裁は、仮差止め命令を認めた。
 Doc’sは控訴した。連邦巡回区控訴裁判所は、裁判所および裁判手続に関する法律第1292条(a)(1)に基づき裁判管轄権を有する。

取消し

判旨
当裁判所は、仮差止め命令を求める申立てを認める地裁判断に関して、裁量権の濫用の基準に基づき審理する。Novo Nordisk of N. Am., Inc. v. Genentech, Inc.事件(77 F.3d 1364, 1367 (Fed. Cir. 1996))参照。「裁量権の濫用は、裁判所が関連する要素を衡量する判断を明らかに誤り、もしくは裁量権を行使するのに法の誤りまたは明らかに誤った事実認定に基づいていることを示すことによって証明されうる。」
 「仮差止め命令を認めるか否かの決定は、地裁による以下の四点の要素に関する考慮を基礎とする。『(1) 特許権者の本案勝訴の可能性、(2) 差止め命令が認められない場合の回復できない損害、(3) 当事者間の困難の度合いのバランス、(4) 公共の利益』である」PHG Techs., LLC v. St. John Cos., Inc.事件(469 F.3d 1361, 1365 (Fed. Cir. 2006))、Oakley, Inc. v. Sunglass Hut Int’l事件(316 F.3d 1331, 1338-39 (Fed. Cir. 2003))参照。本案勝訴の可能性を証明するために、Ericoは、Doc’sが’994特許の有効なクレームを侵害している可能性を証明しなければならない。Amazon.com, Inc. v. Barnesandnoble.com, Inc.事件(239 F.3d 1343, 1350 (Fed. Cir. 2001))参照。他の有利な点からして、Doc’sは、勝訴の可能性の証明を回避するために、無効性の実質的な問題を示さなければならない。PHG Techs., LLC事件(469 F.3d 1365)参照。
 控訴において、Doc’sが特に主張するところによると、クレーム17は、OBO Bettermanの先行技術例がEIA規格と組み合わされて開示された留め具に対して、自明のゆえに無効であるとする。以下の図にあるOBO Bettermanの先行技術は、留め具のサドルに沿って下方に張り出したフランジを有するJ-Hookに非常に類似した留め具を図示している。

中略

地裁の二次的な考慮の分析が正確であると推定しても、クレーム17が無効性に基づいて脆弱であることを説明するために、通常の技能を有する者が、EIA規格とMr. Laughlinの証言に示された技術の通常の知見を加味したOBO Bettermanのフックを考慮するであろうと推定するのは合理的なことである。KSR Int’l Co.事件(127 S.Ct. at 1742)、Amazon.com, Inc.事件(239 F.3d 1358)参照。ゆえに、自明性を根拠とするDoc’sの無効性の主張は、有効な特許の侵害に関する本案勝訴の可能性を否定するために、クレーム17の有効性に十分疑問を投げかける。この点において、もちろん、Doc’sは、’994特許の有効性に疑問を投げかけただけである。地裁は、事実審において、最終的な有効性の決定に到達する機会を有するであろう。
 したがって、当裁判所は、地裁による仮差止め命令の認可を取り消す。

NEWMAN判事の反対意見
 当職は、地裁による仮差止め命令認可に対する取消しに謹んで反対する。差止め命令は、本件訴訟の間、現状を維持するもので、また、完全に地裁の裁量権によるものである。当職の同僚は、本件合議体において、仮差止め命令に本案勝訴の可能性の要素という不当な基準を適用したのみならず、eBay, Inc. v. MercExchange, L.L.C.事件(547 U.S. 388 (2006))とAmoco Production Company v. Village of Gambell事件(480 U.S. 531 (1987))を含む先例の運用指針から離れてしまっている。
 地裁は、本件訴訟の間、現状が維持されるべきであると判断した。その判断を覆すに際して、合議体多数意見は、法を誤っており、責任負担のかけ方を誤り、推定を誤って解釈し、地裁の裁量権とその衡平法上のバランスを無視している。合議体の多数意見は、いかにして地裁がその裁量権を濫用したかを説明していないし、また、審理の基準に付与された認識もいかようになされたかを説明していない。当裁判所が表明してきたように、「仮差止め命令を認めた決定が、控訴において取り消される場合とは、地裁が、関連する要素を衡量する際、明らかに誤った判断をなし、もしくは不当な法または明らかに誤りのある事実の認定に依拠したことが証明される場合のみである」Novo Nordisk of North America, Inc. v. Genentech, Inc.事件(77 F.3d 1364, 1367 (Fed. Cir. 1996))参照。

中略

 地裁は、この事実審の前段階において提示された証拠を考慮し、正当な基準を適用している。当職の同僚は、本件特許に対抗する証拠のみに言及している。まるで陪審評決の後にそれを斟酌したようである。Anderson v. Liberty Lobby, Inc.事件(477 U.S. 242 (1986))参照(陪審評決は、実質的な証拠によって支持された場合に、維持されなければならない)。しかしながら、問題は、被告が、事実審において、無効性を証明する可能性があるか否かであって、「有効性について十分疑う余地があるか否か」ではない。
 地裁は、困難の度合いを検討し、差し止められなければ、Ericoは価格と市場の侵食を経験することになり、これは回復できないおそれがある。Ericoの指摘によると、被告は、同一の市場において製品を扱い、さらに継続することができる。このことは、特許が、非常に目立って無効であるから、無効性が衡平法上の考慮のすべてを超えて即時救済を要するというような場合ではない。かかる状態は、略式判決をもたらすのであって、事実審ではない。
 合議体多数意見は、仮差止め命令の認定と審理に関する伝統的な判断基準を尊重しないことにおいて誤っている。裁量権の濫用は、地裁による考慮とこの仮差止めの段階において関係のある要素に関する衡量に現れていない。当職は、謹んで、反対意見を表明せざるをえない。

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