- 知財情報
- アーカイブ
2008.07.16
CAFCに対する最近の最高裁の傾向(2006年から2007年にかけて最高裁が扱った特許事件5件のすべてにおいてCAFC判決を覆している)および、本件審理前に米政府が最高裁に示した被告側支持の姿勢(米訟務長官が最高裁に提出した意見書)から、今回もこのような結果になろうことは、かなり予想されていたことではありました。しかしながら、10日の朝、米弁護士達から送られてきた判決速報や最高裁判決文自体を読んでみると、その判決内容はCAFC判決で展開された議論とのつながりが分断されているような感じがして、違和感を覚えました。
確か、CAFCでは「権利消尽が適用されるのは、特許対象品を無条件で販売した場合。本件のように最初から条件付で販売された場合には権利消尽は適用されない」として、CAFCが1992年のMallinckrodt事件で確立した「条件付販売(Conditional Sales)」の原則を適用し、地裁による権利消尽認定を破棄。本件では、この条件付販売の原則がかなり拡大された観があり(例えば特許品販売時に「一回限りの使用」という一方的ラベルを付すだけでも権利消尽を免れることができるかの印象)、本件上告請求を最高裁が受理した際には、この条件付販売原則の適否あるいは要件について重要なガイドラインが示されるものとして注目されていたはずです。しかし、実際に下された判決の中ではこの条件付販売原則についての議論はほとんどなく、Mallinckrodt事件についての言及は一切ありません。その後入ってきた情報を総合するに、舞台を最高裁に移してから、特許権者であるLG側の戦略転換や、最高裁による本件の処理手法(本件当事者間に固有の契約解釈に深く立ち入ることにより、射程範囲の狭いものとした)により、CAFCの段階での主要議論とはかなり違った側面を有する判決となったようです。
以下、CAFCの判断と比較しつつ(比較できない項目も少なくありませんが)、最高裁判決の骨子をご紹介します。
[事実概要]
原告LG Electronics Inc.(LG)は、パソコンのコンポーネントやシステムに関する複数の特許を保有している。被告Quanta Computer Inc.、First International Computer, Inc. Q-Lity Computer, Inc.ら(以下併せて “Quanta”)は、LG特許のライセンシーであるインテル社からマイクロプロセッサとチップセットを購入し、これらをインストールしてパソコンを組み立て、ヒューレット・パッカード、デル・コンピュータらに納めていた。
インテルは、マイクロプロセッサとチップセットの販売に際し、LG特許のライセンスに基づきこれらの製品を販売する権利を有しているが、このライセンスは購入者がこれを非インテル製品と組み合わせることまで含むものではない旨を通知していた(LGとの契約によりこのような通知をすることがインテルに求められていた)。Quantaがインテル以外の第三者から購入したメモリやバスと組み合わせてパソコンを製造・販売すると、LGはこのようなコンポーネントを組み合わせるデータ処理システムおよび同システムで実行される方法を対象とするLGの特許を侵害すると主張して、Quantaを提訴した。(LGはマイクロプロセッサやチップセット自体の特許権侵害は主張していない)。
Quantaはマイクロプロセッサやチップセットを販売した段階で、当該特許の権利は消尽したと主張した。
2002, 2003 カリフォルニア北部地区連邦地裁
- 権利消尽を認定する略式判決
(ただし方法クレームについては権利消尽否認)
2006.7.7 連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)
- 地裁判決破棄
(「条件付販売」であったことを理由に権利消尽の適用を否認)
(ただし方法クレームについて地裁確認)
2007.9.25 連邦最高裁 … 上告請求受理
2008.6.9 連邦最高裁判決
- CAFC判決破棄、権利消尽認定
(方法クレームについても権利消尽適用)
[最高裁判決]
– 判決文冒頭 –
当裁判所は、150年以上も前から、特許対象品の最初の許可された(権限ある)販売後も特許権による支配を存続させることを制限する、特許の権利消尽理論(doctrine of patent exhaustion)を適用してきた。本件において、当裁判所は、特許対象システムにおけるコンポーネント – この特許を実施するためには他のコンポーネントと組み合わせる必要がある – の販売に対し、権利消尽理論が適用されるか否かを検討する。
CAFCは、方法(method)特許に対しては消尽理論適用の余地がないこと、また、問題の販売は、ライセンス契約によって許可されたものではないことを理由に消尽理論の適用を否定した。 当裁判所は、CAFCのいずれの判断にも同意できない。権利消尽理論は方法特許にも適用される。 また、当該ライセンスは、当該特許を実質的に具現するコンポーネントの販売を許可するものであるため、この販売により権利が消尽したのである……。
*筆者注: この後、最高裁は権利消尽について扱った自身の判例の歴史を振り返り、整理をした後、個々の争点の分析に入ってゆきます。しかし、この導入部からも、条件付販売の原則が中心争点から外れていることがわかります。
1. 権利消尽
a) 方法クレームへの適用可否
方法クレームにも適用される。方法も製品中に「具現される」のであり、それを販売すれば特許権は消尽する。方法特許に対して権利消尽の適用を排除すれば、消尽理論を著しく弱めることになる。権利消尽を回避しようとする特許権者は、クレームドラフティングにおいて単に装置ではなく方法を記載すればいいことになってしまう……。
*筆者注: CAFCは自身の判例に基づき、権利消尽が適用されるのはあくまで物の特許であり、方法(method)クレームについては適用されないとして、いわば自動的に消尽理論不適用としていました。このCAFC判例を覆し、方法クレームにも消尽理論が適用されるとした点が、今回の最高裁判決における唯一の新規な判断事項という声もあります。
b) 販売された製品がそれ自体特許を実施するものでない(incomplete article)場合の権利消尽理論適用の可否 — 特許対象システムにおけるコンポーネントを販売することにより、システムの特許が消尽するのか?
それのみでは特許を実施しない製品を販売した場合でも、以下の2要件を満たせば権利消尽が生ずる
1) 販売された製品における「唯一の合理的かつ意図された使用(only reasonable and intended use)」が、当該特許を実施すること
2) 販売された製品が、当該特許発明における本質的特徴(essential features)を具現している
(United States v. Univis Lens Co., 316 US 241 (1942))
本件においては、
1) 被告が購入したインテル製品(マイクロプロセッサ、チップセット)は、これらを他のコンポーネント(メモリやバス)と組み合わせてコンピューターシステムを作り上げる(すなわちLG特許の実施)以外の合理的使用は存在しない。
2) 被告が購入したインテル製品(マイクロプロセッサ、チップセット)は、当該特許発明の重要部を構成するものであり、これに一般的工程を適用するか、標準パーツを加えるだけで特許発明を実施することができる。
よって、本件インテル製品の販売によって、これらを組み合わせたシステムの特許権を消尽させることができる。そこで次の問題は、インテルによる当該製品の販売が許可された(権限ある)販売だったのか否か、ということになる。
c) 許可された販売(authorized sale)
権利消尽理論とは、あくまで特許保有者によって許可された販売によってのみ生じうる。許可されていない、あるいは許可された範囲を超えた販売によって、特許権が消尽することはない。LGは、インテルとのライセンス契約により、インテルは非インテル製品と組み合わせてインテル製品を使用する者への販売を認められていないのであるから、本件被告に対するインテル製品の販売は許可された販売ではなかったと主張する。
しかしながら、LGはインテルとのライセンス契約における重要側面を見落としている。
同契約には、インテルが、LGの特許の拘束を離れ当該製品を、製造、使用、販売することができることを広く認める文言が存在する。確かにLGは購入者への通知を要求しているが、インテルがこの義務について契約違反をしたという主張はいずれの当事者もしていない。いずれにせよこの通知を要求しているのは、ライセンス契約でなく別途締結されたマスター契約である。LGはマスター契約のこの規定違反がライセンス契約違反になるとも主張していない。
…以上に鑑みれば、インテルはなんらの制限なしに当該LG特許を具現する製品を販売する権限を得ていたのであるから、権利消尽の法理に基づき、LGがこの製品に対しさらに特許権を主張することは禁じられる。
*筆者注: ここで最高裁は「本判決中、最も重要」とも指摘されている脚注7を付しています(下記項目3.「契約法上の権利」参照
2. 黙示のライセンス(Implied License)
本件において、黙示のライセンスは関係ない。被告は、黙示のライセンスではなく、あくまで権利消尽を根拠にLG特許を実施できる権利を主張している。
*筆者注: LGは、販売された製品自体を対象とするのとは別の特許が問題となっている本件は、権利消尽の問題でなく、黙示のライセンスの問題として扱うよう最高裁に主張しましたが、上記のとおり、少なくとも最高裁において被告が黙示のライセンスを主張していない以上、最高裁が判断する必要はないとしています(黙示のライセンスという抗弁を被告が主張していない以上、原告だけが主張しても受け入れられない)。LGとすれば、本件を黙示のライセンス事件と性質づければ勝訴できるという読みがあったようです(すなわち、その効果のほどはともかく、インテル製品販売において「組み合わせをするライセンス(システム特許のライセンス)は含まない」旨を明示の通知している以上、黙示のライセンスは意図されていないことが明らかだからです。現にCAFCでは、黙示のライセンスの争点も扱っており、正にこの理由から、LG側が勝っています。
権利消尽の条件付販売を理由にCAFCで逆転勝訴したLGですが、最高裁では一転、黙示のライセンスに焦点を絞った論争を試みました。二審では勝たせてくれたCAFCの理論(条件付販売の原則がかなり拡大されている)を最高裁で展開しても、負けるのではないかという懸念がLG側にあったための戦略転換という説もあります。
3.契約法上の権利 - 契約による販売後の制限
脚注7:
『被告Quantaへの販売が許可された(権限ある)ものであったという事実が、必ずしも、別途LGが有しうる契約上の権利を失わせるものではない。しかし、LGは訴状において契約違反を申し立てなかった。ゆえに当裁判所としては、権利消尽により特許侵害が排除されたとしても、なお契約に基づく損害賠償請求が可能であるか否かについては見解を述べないものとする。Keeler v. Standard Folding Bed.Co. (157 US 659 (1895) 参照(特許権者が購入者と交わした特別契約により、特許権者自身またはその譲受人を保護できるか否かの問題は、当裁判所に提起されなかった。ゆえに当裁判所としてはなんらの見解も示さない。しかしながら、かかる問題は、特許法固有の問題ではなく、契約法の問題として生ずることは明らかである)』
*筆者注: この脚注の存在ゆえに、システムなどの特許のおける権利消尽理論は権利者側に少し厳しく傾きながらも、契約によって本判決を回避する余地が広がったという指摘がなされています。すなわち、特許侵害か、権利消尽か、という特許法上の問題としてではなく、正当な契約条件の範囲内であるか否か、すなわち被告購入者の行為が契約条件に違反したかという論点になってゆくのではないか、ということです。すでに米国の弁護士達からは、「本件によってライセンス契約や売買契約の文言が非常に重要になった、是非我々のアドバイスを」という売込みが数多く見られます。無論、今回手付かずになったCAFCの「条件付販売」の原則についても、改めて実例のなかでその適否や要件が再度煮詰められてゆくことになりそうです。
今回の最高裁判決が重要な意味を持つことに間違いはありませんが、現実の取引における具体的ガイドラインはあまり示されなかったといえるのかもしれません。
⇒ 判決原文: http://www.supremecourtus.gov/opinions/07pdf/06-937.pdf
(渉外部 飯野)
※なお本サイト 今月のIPR でも同事件に対する米国弁護士コメントを掲載しておりますので、併せてご覧下さい。