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2009.12.25

【Cases & Trends】 米最新判例:M&Aに伴うライセンス契約の移転/連邦特許・知財政策と州契約法との関係

 前回に続き、今回もM&Aとそれに伴うライセンス契約の移転について扱った判例を紹介します。前回はCAFCの判決でしたが、今回は地域ごとに管轄を有する連邦控訴裁(regional circuit courts)のうち、第6巡回区控訴裁の判決です。買収した会社が保有する特許ライセンス契約中の不争条項の拘束力が争点となった前回のCAFC判決に対し、今回は、ライセンシーが合併した場合の存続会社へのライセンス移転が争点となっています(Cincom Systems, Inc. v. Novelis Corp., CA6, 9/25/09)。いずれにせよ、本案件も合併買収前にあらゆる角度から知財の精査をすることの重要性を示す事例として注目されています。
事実概要
 控訴人Cincom Systems, Inc.(「シンコム」)は、法人顧客向けにソフトウェアの開発、ライセンス、サービスを提供している。シンコムは、データベース管理ソフトウェア“SUPRA”(C)および社内業務処理用アプリケーション開発ソフトウェア“MANTIS”(C)を使用するライセンスのみを顧客に販売していた。
 1989年7月5日、シンコムはこれらソフトウェアのライセンスを、オハイオ州を拠点とするAlcan Rolled Products Division(「アルカン・オハイオ」。後にNovelisとして知られるようになる)に供与することにした。このときのライセンス契約は、「Alcan Rolled Products Division」のみを「顧客」と明示した上で、シンコムのソフトウェアを使用する「非排他的、移転不能の」ライセンスをアルカン・オハイオに供与した。アルカン・オハイオは、ライセンス契約の付属書に予め指定したコンピューター(ニューヨーク州の施設にある)のみにライセンス・ソフトウェアをインストールした。このライセンス契約は、準拠法をオハイオ州法とし、アルカン・オハイオが「書面によるシンコムの事前承認を得ない限り、本契約に基づく権利・義務を他者に移転することはできない」と定めている。
 契約時にカナダ法人Alcan, Inc.の100%子会社であったアルカン・オハイオは、その後の内部組織再編により、2003年5月15日には、Alcan of Texas(「アルカン・テキサス」)という別会社(テキサス州法人)を設立。アルカン・テキサスはアルカン・オハイオと同様、カナダ法人Alcan, Inc.の100%子会社であったが、同年7月30日、アルカン・オハイオはアルカン・テキサスと合併し、アルカン・テキサスが存続会社となった。翌日、アルカン・テキサスは、自身とテキサスにある子会社3社を合併し、アルカン・オハイオは、アルカン・テキサスの子会社となり、アルカン・テキサスの名称は最終的(1/1/2005)に”Novelis Corp.”(「ノベリス」)となった。この時点で、アルカン・オハイオがライセンスを受けたシンコムのソフトウェアは、ニューヨーク施設にある同じコンピュータにインストールされたままだったが、その施設は、ノベリスという名の企業に所有されていた。アルカン・オハイオは、”SUPRA”やMANTIS”ソフトウェアを引き続き使用することに対するシンコムの書面による承諾を求めることも、獲得することもしなかった。
 2005年3月11日、アルカン・オハイオの組織再編を知ったシンコムは、ノベリスの行為がシンコムとアルカン・オハイオ間のライセンス契約に違反すると主張して、オハイオ南部地区連邦地裁に提訴した。地裁は、アルカン・オハイオとアルカン・テキサスとの合併により、オハイオ州法下ではライセンス契約の移転が有効になされたと認定したうえで、契約で禁止された契約移転がなされたとしてシンコム勝訴の略式判決を下した。
 ノベリスは地裁判決を不服として連邦第6巡回区控訴裁判所に控訴した。
 ― 地裁判決確認

判 旨
 控訴人ノベリスは以下2点の理由に基づき、地裁による略式判決が誤りであると主張した。
1) 地裁はライセンス契約に示された各当事者の意思を確認しておらず、これはPPG Industries, Inc. v. Guadian Industries Corp.事件判決(597 F.2d 1090 (CA6 1979))において当控訴裁が示した判断に反する。PPG事件で問題となった契約では、当該契約が競合相手に保有されることを禁ずる明確な意思が示されているのに対し、シンコムの契約は、企業グループ内再編の禁止事項について何ら関心を示していない。
2) PPG判決以降のオハイオ州会社法の変更により、アルカン・オハイオとアルカン・テキサスとの合併の結果ライセンス契約の移転が生じないことを認定すべきであった。

 PPG判決において、当裁判所は、「合併における存続会社や新設会社は、合併前の各々が有していた特許ライセンスの権利を獲得することになるのか否か」という問題を扱った。同事件では、様々な用途向けのガラス製造技術をもつPPGが「非排他的、移転不能の」ライセンスを、Permaglass Corporation(「パーマグラス」)に供与した。契約書は、ライセンスの供与は「パーマグラスに対する一身専属的なものであり、書面によるPPGの事前承諾がない限り譲渡することができない」と定めている。この後、パーマグラスは、自動車用ウインドシールドのメーカーであるGurdian Industries(「ガーディアン」)と合併した。この合併に適用されたデラウェア州とオハイオ州の法律に基づき、パーマグラスのライセンス契約は自動的に存続会社であるガーディアンへ移転された。ここにおいて当裁判所は、知的財産の世界では、「それに反する明示的規定」がない限り、譲渡・移転不能であることが推定される、と結論した。これは、連邦法の命ずるところであるため、オハイオ州法がこの推定を覆すことはできないのである。

 このPPG判決が1979年下されて以来、当裁判所はこの判決を検討する機会をもたなかった。したがって、この機会に、知的財産ライセンス契約を解釈する際に発生する連邦法と州法の複雑な相互作用について詳細に説明したい。 連邦コモンローは、「特許(または著作権)ライセンスの譲渡に関する問題」を扱う。連邦最高裁は、Erie Railroad Co. v. Tompkins事件(304 U.S. 64, 78 (1938))において、以下のような有名な宣言をした。
『連邦の一般コモンロー(general federal common law)というものはない。…連邦法の政策/利益と州法の使用との間に重要な抵触が存在し、裁判所が特別な連邦法上のルールを創設することが求められるような限られた状況は存在する』 
 ここでいう特別ルールが知的財産の世界では明らかに正当化される。なぜなら、特許制度の基本政策は、「一定期間発明を独占的に実施する権利」の恩恵を発明者に認めることにより、「新規、有用かつ非自明な技術やデザインの創造と公開を促すことにある」からだ。州法によって、特許や著作権ライセンスが自由に譲渡されることを認めれば、「発明を促すための報償を損ねること」になりかねない。なぜなら、ライセンスを得ようとする者は、発明者自身にアプローチするか、ライセンシーのいずれかにアプローチしようとするからだ。連邦法のルールがない場合、州法下では、あらゆるライセンシーが特許権者または著作権保有者の潜在的な競合相手となる事態が生じうる。そのような世界では、特許権者や著作権保有者がライセンスに消極的になり、他者がより効果的に発明を使用する機会を排除することになりかねない。
 上記のような連邦コモンロー・ルールにかかわらず、「契約が知的財産に関するものというだけの理由で、州法適用が排除されるわけではない」……州は、「連邦法に反しない範囲で知的財産の…使用について規定することが可能である。」  この原則を踏まえた上で、州契約法は、あくまで契約の一類型にすぎないライセンス契約の解釈にも適用されるのである。連邦の一般会社法は存在しないため、合併の結果、知的財産ライセンスの移転が生ずるのか否かを州法が規定することもできる。しかしながら、州法が、明示的授権がない場合でもライセンスの移転を認めている場合、かかる無許諾の移転を禁ずる連邦コモンローのルールによって排除されることになる。

 契約当事者の具体的意思に鑑み、当裁判所はPPG事件を本件と区別することができる、というノベリスの主張は誤りである。PPG事件と同様に、シンコムはノベリスに非排他的、移転不能のライセンスを供与した。PPG事件で論じられたライセンスも本件ノベリスに供与されたライセンスも、ライセンスの移転の前に権利者の事前承認を要求している。この点、両者の契約文言は明白である。事前承諾のないライセンス移転を禁ずる連邦コモンローの主たる目的が、ライセンスが競合相手の手に入ることを阻止することにあるのは本当であるが、これは「競合相手の手に渡らなければ、問題なし」という意味ではない。ここで問題とされるのは、あくまでライセンス契約条件に対する違反、すなわち、著作権や特許権の保有者が自らの発明・創作をコントロールすることを認める連邦政策(あるいは契約条件)への違反である。ゆえにノベリスがシンコムの競合相手でないとう事実自体は重要ではない。オハイオ州法が、グループ内合併の結果アルカン・オハイオからノベリスへのライセンス移転を可能にするのというのであれば、ノベリスは、移転不能として明示された契約条件に違反したことになる。(註:この後、裁判所は、買収に関するオハイオ州法について分析した)……アルカン・オハイオとアルカン・テキサスが合併したとき、シンコムからアルカン・オハイオにのみ供与されていたライセンスは、存続会社(現在のノベリス)に移転された。するとノベリスは、シンコムのライセンス契約に明示された条件を遵守しなかったため、シンコムの著作権を侵害したといえる。
 以上の理由により、地裁判決を確認する。                          
⇒ 判決原文: http://caselaw.lp.findlaw.com/data2/circs/6th/074142p.pdf 

(渉外部/事業開発室 飯野)

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