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2010.06.03
※監修は所属事務所の経営者GERD ZIMMERMANN氏にもご協力頂いています。
ここでは、EU特許へ向けての進捗現状といくつかの未確定要素について紹介します。EU特許について、ここ最近で進展が見られるものの、楽観的に推測してもEU特許が実現するまでにはまだ相当の期間を要すると言わざるを得ません。しかし将来実現されれば、出願人には大きな恩恵を与えるものとなることが期待されます。
1. はじめに
現在、欧州特許条約(European Patent Convention: EPC)に基づいて、単一の特許出願と権利付与手続きによって、世界の最も大きな経済圏の一つともいうことができる全EPC加盟国(現時点で35カ国)において特許を取得することができます。権利付与後、この欧州特許は国内特許の束としての効力を有します。これらの国内特許はEPC加盟国ごとに個別に維持管理や権利行使を行わなければなりません。この仕組みを説明した図が図1(a)です。
ロンドン協定が2008年春に発効したことで、それまで国内特許の設定の条件とされていた翻訳の多くが不要となり、欧州特許を取得するためのコストが大幅に削減されることとなりました。この変更によって出願人には既に非常に大きな恩恵が与えられたといえますが、さらなるステップとして期待されるのが、単一の特許権としてEU全領域での権利を有するEU特許です。
2009年12月、欧州連合理事会(Council of the European Union)はこのようなEU特許についての基本事項に関して重要な合意に至りました。特に、欧州連合理事会はEU特許と統一特許裁判所制度の特徴に関する取決め事項についての規則案に合意しました。この合意文書のテキストには詳細な規定が盛り込まれており、将来実現される可能性をもつEU特許制度として具体的な青写真が描かれています。
今回の合意は、EUが欧州特許条約に加盟して、ヨーロッパ特許庁が単一の特許権としてEU全領域での権利を有するEU特許を付与するという原則に基づいております(図1(b)参照)。
今回の合意は、実現へ向けての大きな前進といえます。しかし、それでもなおEU特許が現実のものとなるまでにはさらに長い年月が必要になるでしょう。予想される困難の一つとして、重要で議論の尽きることのない、いくつかの問題、例えば、言語の問題などは、今回の進展でも未だ解決しておりません。さらなる困難は、全EU加盟国による批准と利害関係のあるEU非加盟国による批准が必要となることです。
あとどれくらいの期間を要するかという点について大まかな目安を考えれば、最新の欧州特許条約EPC2000を例に挙げることができるでしょう。これは、基本決定がなされてから(2000年11月)全EPC加盟国に批准されるまでに(2007年12月)、約7年もの期間を要したことが思い起こされます。今回のEU特許合意書は、EPC2000よりも将来有望な内容かもしれませんが、逆に加盟国がさらに増えたという点も考慮しなければなりません。したがって、EU特許制度の批准は、楽観的にみても、EPC2000のときよりも困難でより長い期間を要するのではないでしょうか。以下に、基本合意内容の主要点について詳述します。
2. EU特許に関する規則案
EU特許規則案は、実質的な欧州特許法だと考えられます。この規則案は、わかり易く言えば、以下のEU特許の特許発行後の取り扱いを定めたものです。
– 特許としての独占権を与える
– 特許年金の制度
– EU特許の失効と無効
– 実施許諾、権利の移転
上述のとおり、この規則案によればEUが欧州特許条約に加盟して、ヨーロッパ特許庁が単一の特許権としてEU内全領域での権利を有するEU特許を付与することになります。
国内特許を取得する現行の国内出願、欧州特許出願と並存して、EU特許を取得することができるというものです。よって、EU特許は、現行の特許権の取得の選択肢に取って代わるのではなく、新たな選択肢として追加されるのです。しかしながら、重複保護は禁じられます。同一の発明に対してその保護範囲がEU特許と国内特許で並存する場合には、国内特許はその領域において有効ではないとして取り扱われます。
規則案においてはまだ取決めがなされていない重要な問題の一つが、言語と翻訳の問題です。これらの問題は、翻訳に関する別の合意書への取り組みが残されておりますが、これについてはまだ具体化されておりません。
3. 欧州特許/EU特許裁判所制度(EEUPC)の主な特徴
合意書の主要な事項のひとつが、統一的な欧州特許/EU特許裁判所制度 (European and EU Patents Court System: EEUPC)を設けるということです。このEEUPC制度では、EU特許と欧州特許(すなわち、現在ある形式)の侵害と有効性に関しての排他的な裁判管轄権が与えられるものです。これは、上述の訴訟手続きに関してEEUPC が現行の国内裁判所に取って代わります。ただし、EEUPC制度の発行後も最長で5年間は、国内裁判所で上述の手続きを開始できるというように、過渡的な期間が設けられるでしょう。
EEUPC制度の主な特徴は、図2のようにまとめることができます。EEUPC制度は第1審裁判所と控訴裁判所と記録部からなり、第1審裁判所は中央部と地方部とからなります。合議体の構成や、第1審裁判所の各部の法的権限、言語など、EEUPC制度の詳細の多くは、現時点では未定です。
われわれの見解では、EEUPC制度は、EU特許制度全体において最も重要でその鍵を握るものだと思われます。EU特許制度全体の成功は、かなりの部分では、EEUPC制度の詳細点が、どのように具体化されるかにかかっていると考えられます。
現在、ヨーロッパにおける特許訴訟といえば、やはりほとんどの場合、ドイツの司法制度によるということになるでしょう。ドイツの裁判所は、特許訴訟に関して、非常に能力が高く、比較的結果が予測可能で、迅速で、コストメリットのある法廷です。毎年約900件の特許侵害訴訟がドイツの裁判所で審議されているのに対して、ヨーロッパの他の全ての国における特許侵害訴訟の数は、約400件でしかありません。われわれの見解では、ドイツの司法制度の非常に成功を収めている点がヨーロッパの標準として採用されれば、EU特許の大きなメリットとなると考えます。
4. EPC条約改正
EU特許を立ち上げ、EUをEPCに加盟させるには、EPCの条約改正が必要になるでしょう。そのような条約改正は現在ではまだ予定されておりません。今回の合意では、EPC条約改正はEU特許に関連して必要となる条約改正のみに限られ、更なる改正を含まれません。
このEPC改正に関して、出願人にとってより影響のあるのは、条約加盟国の指定に加えて、EU全体を指定できる点でしょう。この点を除き、改正内容は主に行政上の問題のみになると予想されます。
5. 日本からの出願人への影響
現状では、EU特許は全く未確定であり、遠い将来の展望に過ぎませんので、出願人が現在の特許出願においてEU特許について検討する必要はないでしょう。
6. 結び
EU全領域で権利を有する単一のEU特許ができるというのは、非常に興味深い展望です。しかしながら、EU特許の制度概要について形作られたものの、これが実現するまでには、楽観的なシナリオでもまだ相当の期間を要するでしょう。
遠い将来、EU特許制度が実現しうまく機能すれば、ヨーロッパにおける知財の保護をより有効でより効率的なものとする流れを維持できるのではないでしょうか。
(担当 特許部 井上)
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