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2011.01.20

【Cases & Trends】追跡 マーキングトロール訴訟 – 訴訟洪水の門戸を開いたForest Group判決後の展開(前編)

 ちょうど1年前の本コーナーで、いまではすっかりお馴染みとなった(?)「マーキングトロール」という新手の訴訟ビジネス遂行者を勢いづかせかねないCAFC判決についてご紹介しました[特許権者は要注意! 新たなる脅威「マーキングトロール」への追い風(?)判決下る(Forest Group, Inc. v. Bon Tool Company, Fed. Cir., 12/28/2009)]。

 あれから1年が経過したいま、状況はどのようになっているのか。懸念されたとおりの訴訟洪水は起こったのか、判例の修正などがなされていったのか……。改めて情報を収集してみると、いまやビジネスモデルも定着して根を張りつつあるという「本家パテントトロール」に劣らず、マーキングトロールの活動も多くの企業にとって無視できないものになっているようです。

 そこでForest Group判決以降のマーキングトロールの訴訟動向、判例展開、議会での対応、企業の対策などについて、前後編2回に分けてご紹介したいと思います。

[訴訟動向]
 まずは簡単におさらいしておきます。米特許法287条は、特許対象品に特許表示をしない場合、特許権者は、侵害者による過去の(侵害通告または訴訟提起前の)侵害分に対する損害賠償請求ができない旨を規定しています。そこで特許権者としては、自社製品が特許品であることをアピールするだけでなく、過去の損害賠償請求権を失わないためにも特許表示をしようとします。一方で、特許法292条は、特許品でないもの(“unpatented article”)にあたかも特許が存在するかの表示をすることに対し、公正な競争を阻害する「虚偽表示(false marking)」として、最高500ドルの罰金を科しています。 — 実際は、特許がまったく存在しない製品に特許表示を付すことは少なく、一度表示した特許の権利期間が満了した後も表示されたままになっているケースが多い(これが”unpatented article”に該当するかという問題自体も後の裁判で争われていますが)— 292条の虚偽表示に対しては、本来原告となるべき合衆国政府のみならず、私人が政府を代理して訴追すること(qui tam action)が認められており、科された罰金の半分を提訴した私人が得ることができます。

 そこで問題になるのが罰金額なのですが、「それぞれの違法行為(each offense)につき最高500ドル」という292条の規定について、従来の判例では、”each offense”をひとつの製品群に「虚偽表示を付す行為(決定)」と解釈し、罰金額が大きくなることはありませんでした。これを「虚偽表示が付された製品一個につき最高500ドル」と解釈したのが前記Forest Group事件におけるCAFC判決なのです。すなわち、「賞金狙い」にとって虚偽表示訴訟は、労を惜しまずにやるだけの価値ある訴訟になったわけです。CAFCは、この判決による新種訴訟ビジネスの懸念を認識しつつも、実際の罰金額は地裁判事の裁量によって裁定されること、虚偽表示が成立するためには「公衆を欺く意思」という別の高いハードルがあることを示唆しましたが、明確なガイドラインを示したわけではありません。

 案の定、マーキングトロールによる訴訟は急増し、2009年12月28日のForest Group判決後1年も経たない2010年10月時点で500件超の虚偽表示訴訟が提起されているということです(原告には、有害な特許表示を排除することを目的に掲げる自称「公益団体」が多い)。2010年9月1日付のウォールストリートジャーナル(電子版)は、『メーカーを悩ませる新種の特許クレーマー』と題し、「マーキングトロール跋扈」の状況を伝えています。
「……ここ数ヶ月の間、虚偽表示訴訟を提起しようとする者たちは、小売店を歩き回り、インターネットを見回り、満了後の特許番号が付されたままになっている商品(歯磨き粉からトイレ用吸引具まで)を探している。すでに彼らの訴訟対象になった被告には、Procter & Gamble, Bayer Healthcare LLC, Cisco , Scientific-Atlanta, Merck & Co., Pfizer Inc., 3M Co., DirecTV, Medtronicなどさまざまな業種の企業が含まれる。…… 不測の結果を恐れ、和解を選択する企業も出てきている。しかし、和解額よりも、すべての在庫品の見直しに多くの費用負担がかかるという企業も少なくない。
……これらの訴訟を提起するのは、比較的少数の個人または団体であり、その多くは特許訴訟を専門とする原告側弁護士と密接なつながりをもっている。現在10数社以上を訴えているサラ・トンプキンスは、テキサス州の特許弁護士ジョージ・トンプキンスの妻だ。トンプキンス氏は、弁護士仲間からForest Group判決のことを聞いたという。彼は妻と協力して、インターネット上の広告をチェックし、満了済み特許の表示を探している。特許番号は年代順で番号がふられているため調査は容易だという。この夫婦は、小売店にも出かけ、特許虚偽表示を探している。訴状では、特許虚偽表示とともに “虚偽広告”(false advertising)も併せて主張している」
 
[主要判例]
 メーカーを困惑させる状況の中で、いくつかの指針を示す判例も出始めています。2010年の重要判決としてよく引用されるのは以下の2件です。
* 判例紹介は、米議会調査局(Congressional Research Service)が2010年10月20日に
  発行したリポート  “False Patent Marking:: Litigation and Legislation”から一部抜粋します

・Peguignot v. Solo Cup Co.(Fed. Cir. 6/10/2010)
 被告ソロカップは、使い捨てカップ、ボールなどのメーカーであり、プラスチック製カップのふたに関して特許を保有している。ソロカップはふたを製造する金型で複数の特許番号を付すようにしていた。この金型の耐用期間は15年から20年ほどであり、その間に権利満了した特許もあったが、そのまま金型を使用していた。ソロカップは、満了済み特許の表示が付されたままであることに気づいたとき、知的財産専門弁護士の見解を求め、「磨耗や損傷により金型を交換する必要が生じたとき、新しい金型から満了した特許の番号を外す」という特許表示ポリシーを策定した。このときソロカップは、すべての金型を特許満了に合わせて交換することは費用も手間もかかることを弁護士に説明し、弁護士はそのような事情に基づき策定したこの表示ポリシーは292条の許容する範囲にあると結論している。

 このようなソロカップの行為が虚偽表示に当たるとして訴訟を提起したのが、特許弁護士のPequignotである。Pequignotは製品1個につき500ドルの罰金額を主張し、原告および政府に支払われるべき金額は各々約5.4兆ドルになった。この額は合衆国政府の全債務の42%に当たる。

 本件において、CAFCはソロカップ側に「公衆を欺く意思」があったことが証明されていないとして、ソロカップ側を勝訴とした地裁判決を支持した。このときCAFCは虚偽表示に関連するいくつかの問題点に対して回答を示している。

 1)292条にある「特許対象でない物品(unpatented article)」とは、特許が満了している物品も含まれる。ソロカップは、いまは権利満了していてもかつては特許が存在していたのであるから “unpatented”の定義に該当しないと主張したが、CAFCは「最初から特許が存在しない物品も、権利が満了した物品も同じように公共財の範疇に入る」として、この主張は退けた。

 2)満了後の特許を表示する行為、かつそのような表示を被告が認識していることは、公衆を欺く意思の推定を生じさせるが、この推定は反証により覆すことが可能な推定である。公衆を欺く意思の証明基準は特に高く、被告が公衆を欺くことになる結果を意識的に望んではいなかったことを示せるならば、単に特許表示が虚偽に当たることを知っていたというだけでは不十分である。

 3)公衆を欺く意思の推定を覆すための証拠とは何か。CAFCは、ソロカップが弁護士の具体的アドヴァイスに善意で従ったことが、公衆を欺くことを目的として行動していたのではないことを示すもの、としてソロカップの反証を認めている。

・Stauffer v. Brooks Brothers, Inc.(Fed. Cir., 8/31/2010)
 この訴訟は、ブルックスブラザーズが店頭に展示していた蝶ネクタイに、50年以上前に満了している特許表示がなされているとして、弁護士のストーファーが提起したもの。ここでは、政府を代理して訴訟を提起する私人の原告適格性(standing)が争われた。地裁は、原告ストーファーが現実に被害を受けていないとして原告適格の欠如を理由に訴えを却下した。しかし、CAFCは、原告自身が被害を受けていないとしても合衆国が虚偽表示によって被害を受けており、合衆国政府を代理して提訴する原告には292条に基づく原告適格があると判示し、事件を地裁に差し戻した。ただし、CAFCは、差戻し審において、原告の訴状が、詐欺事件における高い訴答要件(連邦民事訴訟規則9条(b))を満たすだけの明確な請求を記載しているかを判断すべき必要性を示唆している。
 
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次回後編では、「議会の対応」、「司法省への情報公開請求で明らかになった和解額の相場(?)」、「今後の対応/・表示ポリシーの必要性」などについて、ご紹介します。

(渉外部/事業開発室 飯野)

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