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2011.08.23
廃止を訴えていた米国商工会議所、欧州商工会議所などは、中国政府の決定を歓迎しつつも、「今回の決定はあくまで中央政府レベルのもの。さらに地方政府や国有企業レベルでも、早期に同様の措置がとられることを願う」とコメントしています。
ここまで読んだ段階でニュースの内容を把握された(あるいはすでに熟知されている)読者は別として、このニュースを理解するためには、「自主創新(政策)」、「政府調達規則」、「強制的知的財産移転」というキーワードおよびそれぞれの関係を知っておく必要があると思います。今回は、その解説を手短にしつつ、今回のニュースの意味を確認したいと思います。
まず、「自主創新政策(Indigenous Innovation policies)」とは、……文字通り、中国独自のイノベーション、独自知財・ブランドの創出を目指す政策です。自主創新という考え自体は特別新しいものではないのですが、冒頭のニュースや米政府・企業が問題視する文脈において用いられている自主創新政策とは、2006に中国政府が発表した「国家中長期科学技術発展計画(2006ー2020)」において重要政策として掲げられたものを差しています(欧米で語られる場合、単に”MLP”(中長期計画)という略称がよく使われます)。
2020年までに他国からの技術依存度を50%から30%に削減し、2050年までには科学技術において世界の強国となることを大目標としています。なかでも特許・知的財産戦略は非常に重要視されており、特許出願件数としては2015年までに200万件を目標として掲げています(実用新案、意匠含む)。
実際、政府の補助もあって多くの中国企業が権利武装をした結果、いまや中国は件数で米国をはるかに超える「訴訟大国」となったことは広く知られているところです(2010年の米国における特許訴訟件数3,605件に対し、同年の中国特許訴訟件数は5,700件(実用新案、意匠含む)。もっとも訴訟大国になることは国家目標ではないでしょうが)
自主創新を実現するための政策とは、「政府調達規則」、技術標準化政策(特許取扱い規則)、独占禁止法、ハイテク企業認定規則、特許法(改正)など、さまざまな分野にわたって展開されており、2009年辺りからそれぞれの具体的規則案が明らかになるにつれ、その強気の姿勢ゆえに(「中国市場にアクセスしたいならば、あなたの技術・知財を開示・提供してください」といった「強制的知的財産移転」タイプの要件が含まれている)、2006年の発表当時はさほど注目されなかった自主創新政策が、俄然注目(警戒)されるようになりました。
中国進出企業の不安の高まりに応ずべく、在中国米商工会議所は、”China’s Drive for “Indigenous Innovation”: A Web of Industrial Policies”(「『自主創新』へと突き進む中国:入り組んだ産業政策の網」)と題するレポートを2010年7月に作成し、中国自主創新政策の背景、諸政策の概要、影響等に関する分析を提供、米国では多くの企業幹部に読まれているということです。
同リポートでは、自主創新政策の根本を次のように指摘し、その実態は「かつてない大規模技術窃取のブループリント」と多くの国際企業に警戒されているとまで言っています。
『この中長期計画は、中国が独自知財と固有の製品を創造するカギは「外国技術を微調整して取り込むこと」と明言する。正に「自主創新」とは、輸入技術を取り込むことにより、オリジナル・イノベーションを共同イノベーションと再イノベーション(co-innovation and re-innovation) を通じて高めること、と定義しているのだ』
….. 「かつてない大規模技術窃取のブループリント」は言い過ぎにしても、輸入技術の再イノベーションによりオリジナル・イノベーションを確立したという言い分は、なるほどつい最近、新幹線問題で耳にしたばかりです。
さて、以上を背景に今回報道のあった政府調達規則に戻ります。まず、中国政府向け調達品は1兆ドルの巨大市場になっているといわれています(政府機関だけでなく、国有企業による調達も含む)。米国をはじめ多くの外資系企業がこの巨大市場の開放を求めているわけですが、すでに2003年に施行された政府調達法が自国製品、工事及びサービスを優先的に調達することが明確に規定されているなど、もともと外資系企業にとってはハードルの高い状態が存在していました。
そのような環境の上に、さらに自主創新政策に基づき、中国の特許・商標が使われた製品を優遇する旨の規則案が出されてきました。例えば2009年に開始された自主創新製品認定制度では、政府調達品として優遇を受ける条件として、(1)認定申請人の製品は「中国の知的財産とブランド」を所有していること、(2)申請人は、かかる中国知財を合法的に有する中国企業・団体であること、(3) 申請人によるかかる知的財産の使用、取扱、二次的開発は、外国企業とは完全に切り離されていること、(4)申請人が対象製品の商標を所有しており、その商標の最初の登録場所が中国であり、外国ブランドとは切り離されていること、が掲げられていました。ここまで露骨な条件はさすがに諸外国の強い反発を受け、さすがの中国政府も翌2010年4月に改正案を提案せざるを得なくなりました。たとえば、改正案では商標要件を削除していますが、中国の知的財産・ブランドを保有していることという要件は維持されたままです。
今回報道された規則がこれを指しているのか、実ははっきりとしていません。ほとんどの報道では具体的な規則名が明記されていません。いずれにせよ、中国としては独自技術・知財・ブランドを築くためのあらゆる方策を今後も次々と打ち出し、これに対し米国を筆頭とする貿易パートナーの圧力(ただし、自国経済の弱さもあり強いなかなか強いプレッシャーになれない)との綱引きが続いてゆくことでしょう。
本コーナーでは、引き続きこのような知財の動向を折に触れ、ご紹介してゆきたいと思います。
最後に、今年に入り米国で議論されている中国知財・自主創新関連のセミナー、シンポジウム、レポートの主だったものをご参考まで、列挙します。
●2011.5.7 「スタンフォード・カンファレンス: 中国の法と政策」
主催: スタンフォード大学ロースクール
講演 『中国における特許権行使の課題とトレンド』Mark Cohen (マイクロソフト取締役 国際知財政策担当)
●2011.5 USITCリポート (2nd report)
「中国:知的財産侵害、自主創新政策が米経済に及ぼす影響」
●2010.11 USITCリポート (1st report)
「中国:知的財産侵害、自主創新政策、米経済に及ぼす影響の測定枠組み」
●2011 3.29 「ラウンドテーブル:中国における実用新案と意匠の取得および権利行使」
主催: USPTO, AIPLA
講演 『実用新案/意匠の取得と権利行使に関連した中国特許法、実施細則、審査ガイドラインの最新改正について』- Mark Cohen (マイクロソフト)
パネルディスカッション 『中国における実用新案/意匠の出願戦略、制度の問題、問題に対する解決策の考察』
●2011.3.10 「カンファレンス 『模倣問題』を超えて:新しい中国における特許リスクへの対処」
主催: University of California’s Berkley Center for Law and Technology
テーマ1.世界一の訴訟大国となった中国 – 高まる権利侵害リスクへの対処
テーマ2.さらなる環境変化への対応:中国の自主創新政策は、外国企業に不利益をもたらすか
(事業開発室/渉外部 飯野)