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2012.06.20
今回のセミナーは、2011年11月30日に行った同テーマのセミナーの続編として企画されたもので、東京会場だけでなく大阪会場も新たに加え、多くの方々にご参加いただくことができました。講師は、前回と同じ北京天達律師事務所のパートナー、張青華弁護士です。
中国発生発明の取り扱いに関わる法規、運用実態、戦略に対する基礎理解を中心テーマとした前回セミナーに対し、今回は、皆様が中国の弁護士や専門家と相談して実際に職務発明規程を策定する際に、予めなるべく具体的に必要規定を想定しておけるよう、サンプル規程を用いての解説としました。以下は、当日利用したサンプル規程の目次部分です。
職務技術内部規定(天達律師事務所モデル)
総則
第1条(目的)
第2条(適用範囲)
定義
第3条(本規定の定義)
会社の操作の流れ
第4条(開発登記)
第6条(完成登記)
第7条(完成時の資料提出)
第8条(未登記の技術)
第9条(技術の評価)
協力義務
第10条(協力義務)
奨励金及び報酬
第11条(職務発明創造の奨励金)
第12条(職務発明創造奨励金の支払方法)
第13条(特別貢献奨)
第14条(職務技術の報酬)
第15条(職務技術報酬の支払い方法)
第16条(離職後の奨励金および報酬)
秘密保持条項
第17条(秘密保持義務)
第18条(離職後の技術資料提出)
第19条(罰則)
附則
第20条(従業員等離職後1年の技術)
第21条(提携開発及び委託開発)
第22条(親会社からの指示による開発)
いずれも重要な規定ですが、まずは定義条項の「職務発明創造」および「その他の職務技術」について規定することの重要性が強調されました。ご存じの通り、中国特許法において「職務発明」は原始的に雇用主側に帰属するものと規定されています。しかし、これで安心することはできません。中国においては、従業員がこれは自分の時間を使って生み出したなどを根拠として自ら特許出願する例(非職務発明出願)が現在も少なくないのです。数年前ですが、筆者が複数の中国人弁護士に実情を尋ねたところ、「中国においては従業員による独自の特許出願後、その事実に気づいた会社側による訴訟(権利帰属をめぐる争い)が非常に多い」と言われたことがありました。いまなお要注意事項だということになるのでしょう。
さらに条項を見ていくと、我々が普段見慣れないものとして、第4条以下の「開発登記」が目に入ってくると思います。実際、東京会場、大阪会場でも共通して質問対象となったのは、この条項でした。サンプルの規定内容は以下のとおりです。
会社の操作の流れ
第4条 (開発登記)
会社は技術開発を行うことを決定した場合、会社の知的財産部門に登記届出を行う必要がある。登記内容は以下の通りである。
4.1 技術開発の内容
4.2 技術開発の開始時間
4.3 技術開発の責任者
4.4 技術開発の参加者
4.5 技術開発の提案者(会社の決定または従業員の提案)
4.6 其の他、会社が登記するべきと考える事項
第5条 (登記変更)
第4条の届出内容に変更が生じた場合、5業務日以内に知的財産権部門で登記の変更を行わなければならない。
第6条 (登記完成)
6.1 第4条に基づく登記届出技術は開発完成後、会社の知的財産部門に登記しなければならない。開発部門は知的財産権部門と共同で当該職務技術を職務発明創造として処理するか其の他の職務技術として処理するかを決定する。
6.2 第6.1条の登記を行うと同時に、職務技術完成者を登記しなければならない。
6.3 上記の第6.2条の職務技術完成者は専利出願時、当該発明創造の発明者または創作者としての権利を有する。
6.4 第6.2条で登記の職務技術完成者が当該技術を専利出願するか否かの会社の処理に同意しない場合、会社と協議することができる。 (以下略)
この規定は従業員の発明に対する合理的な報奨などの強行法規とは異なり、「盛り込んだ方がいい」という内容の規定です。職務発明や職技術成果に結びつくプロジェクトなどをあらかじめ明確に定め、届け出をしておくことにより、前記のような発明者の独自解釈を回避する一方、従業員発明者に対する適切な報奨を確保することも、このような規定を持つことにより可能になるということのようです。
特に6.4条の規定などは、かなり発明者側の立場を強くしている感がありますが、講師は「出願しない場合の発明者の不満解消法として」盛り込まれる規定といいます。この文言をそのまま使用しないまでも、権利意識がますます高まりつつある中国の従業員発明者・開発者に対してはこの趣旨を盛り込んだ何らかの規定をもつことがよい、という指摘がなされました。
第11条(奨励金および報酬)は、前回セミナーでも参加者の質問がもっとも集中したところですが、サンプル条項でも「別途交付する規定に基づく」という方になっています。これはまさにケースバイケースで、具体的提示は難しいようです。
最後に、質疑応答の場で「このように日本企業は、中国法規に対応すべく、いろいろ気を使っているのだが、欧米企業などはどうなのだろうか。奨励金、報奨などこまめに対応しているのだろうか」という質問が出されました。
これに対し講師・張弁護士の回答は、「確かに、裁判官や政府関係者と話をすると、ここまで真面目に取り組んでいるのは日本企業だけですね、という話は出てきます」とのこと。
さて、これをどうとるか…。欧米企業が従業員発明者へのインセンティブ策に不熱心というわけではありません。彼らは個別の発明や特許に対する報酬といった形式を嫌うものの、従業員へのインセンティブ策自体にはさまざまな工夫を凝らしているとういことです。
これは筆者の少し強引な関連付けですが、iPad商標事件においても、根本原因はアップル側弁護士があまりに中国法に無関心で、中国商標権者からのiPad商標買取に際してアメリカ法の概念でしかとらえていなかった(例えば、商標譲渡の登録必要性など無視していた)ところに落とし穴があった、という指摘もあります。日本企業が熱心に中国職務発明法規に取り組んでいることは、決して「骨折り損のくたびれ儲け」ではないのではないでしょうか。
(営業推進部 飯野)