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2012.08.20
この裁判所命令は、本訴訟の陪審審理が開始された2012年7月30日のわずか5日前に下されたものであり、陪審審理の結果を左右する可能性さえあると指摘されています(Order Granting-in-part Apple’s Motion for an Adverse Inference Jury Instruction, 7/25/12, NDCA, Apple Inc. v. Samsung Electronics Co.,Ltd. et al.)。ひとことで言えば、サムスンが訴訟に関連する証拠(eメール)の多くを意図的に廃棄したとして制裁を求めるアップルの申立てを裁判所が認め、陪審が評決を下す際にサムスンに不利な推量を導くことを可能とする陪審説示を認めたのです。
eメールなど電子的情報が裁判における開示手続き(ディスカバリ)の中心となる現在、企業内のe文書管理ポリシーのあり方が極めて重要になっています。これを注意喚起する題材として、以下、事実概要部分に重点を置き、本件裁判所命令の関連部分をご紹介いたします。
カリフォルニア北部地区連邦地裁
アップル申立ての一部を認容する命令
7/25/12
[事実概要]
サムスンのeメール保存方針
1. mySingleシステム
サムスンは、子会社であるサムスン・データシステムズによって作成された “mySingle”という独自のeメールシステムを2001年から導入している。mySingleは全社サーバーで従業員のメールを保存、受信、送信し、従業員はウェブベースのインターフェースを経て自身のmySingleメールアカウントにアクセスする。mySingleには、「すべてのeメールは2週間後に自動削除されるという一般ガイドライン」が含まれている。この機能は、mySingle導入以降、韓国のサムスン社内で例外なく実行されている。サムスンはこのような利用方針の理由を以下のとおり説明している。
1) コンピュータ-自体が紛失または盗難された場合、秘密の営業情報が不正流用される危険を回避する
2) 30日の保管期間を利用するより安価
3) 送付先間違いのメールにより不用意に開示される情報、あるいは従業員メールアカウントへの無断アクセスやハッキングにより盗まれる情報の量を少なくする
4) この使用方針は、韓国のプライバシー法を最もよく遵守するものとなる
mySingleを使用する従業員は、自ら関連あると判断するいかなるメールも保存することができる。mySingleインターフェースは、”Save All”ボタンをもっており、従業員が2週間ごとにこのボタンをクリックすれば、その従業員のメールはすべて保存される。他に個々のメールや特定グループのメールを選択して、それぞれのハードドライブに保存することもできる。従業員にはマイクロソフト・アウトルックを使用する選択肢も与えられており、マイクロソフト・アウトルックでローカルに保存されたメールには、mySingleの14日自動削除方針が適用されていない。サムスンの従業員は、メール保存用にアウトルックを使用するための社内承認は必要とされていないが、送付用にアウトルックを使用する場合、承認を得る必要がある。
関連文書を保存するか否かは、各従業員の裁量に委ねられており、サムスンは従業員が会社の指示を順守しているか否かを確認したことはない。ただしmySingleは、メールが自動削除される2週間目が近づくごとに、「ヘルプ」ページが起動して”Save All”機能の使い方(および個々のメールの保存方法)を韓国語と英語で通知する。
2. 訴訟ホールド通知
2010年8月4日、アップルは、サムスンによるアップル保有特許の侵害可能性に関する情報をサムスンに提示した。これを受けサムスンは、8月23日に特定の同社従業員に対し、次の内容を含む訴訟ホールド通知をeメールで伝えた。
「…ビジネス上の解決に到達できない場合、サムスンとアップルの間で将来特許訴訟が発生する合理的な可能性が存在します…。(証拠となる文書の)保全義務が存在するか否かを裁判所が判断するうえで主な論点となるのは、問題の証拠文書と予期される訴訟との関係について、当事者が通知されていたか否かということです。ここでいう通知とは、前に行われた訴訟、今回の訴訟前のやり取り、訴訟を予期しての準備作業や努力など、様々な状況から生じ得ます…。」
そのうえで、「完全な解決が成立するまで、サムスンとアップル間の訴訟争点に関連すると思われるすべての文書を保存しておくように」、従業員に要請し、受信したeメールに関し特に慎重に扱うべき10カテゴリーを示した。この後、数カ月の間は、特別な措置はとられていない。
2011年4月15日、アップルは本件訴訟を提起した。4月21日、サムスンは再度、訴訟ホールド通知を従業員向けに送ったが、このときは2300人の従業員に向け、保全すべき文書の範囲を詳細に示した。その後もサムスンは、訴訟が進展するに伴い、訴訟ホールド通知の内容と送付範囲を改めていった。
3. 関連従業員のフォローアップに関するサムスンの努力
訴訟ホールド通知を従業員に送付した後、サムスンは関連各部門の長に対し、訴訟ホールド通知の詳細を説明した。サムスンの社内知財法務チームと社外弁護士がこの作業を担った。サムスンの社内文書保存チームは、関係する従業員に訴訟ホールド通知の意義、重要性、あるいは文書保存の必要性とその方法について詳細に説明した。2011年4月末には、サムスンの知財法務チーム担当役員が、300人超の従業員に対し4回のフォローアップ・ミーティングを開催し、米国のディスカバリー制度について教育し、文書保存のためにサムスンのコンピューターシステムに必要とされることなどを説いた。また、eメールその他の電子的文書を積極的に保存することの重要性と、正確な保存法について従業員に伝えた。
[判 旨]
1. 関連する証拠の保全義務
アップルは、サムスンによる証拠の保全義務はアップルによる侵害通知がサムスンになされた2010年8月に生じた、と主張する。即ち、この時点でサムスンは自社製品の変更計画ももっておらず、アップルとの訴訟が、不可避ではないにしても、差し迫っていることは認識できたはずというのである。
これに対しサムスンは、保全義務が生じたのは、アップルが訴訟を提起した2011年4月15日と主張する。サムスンによれば、mySingleおよび14日自動削除方針は合法的なビジネス目的で採用されたものであり、2010年8月の時点ではアップルの請求内容もわからず、ライセンス交渉も進行中であったため、和解の可能性もあった。
当裁判所は、アップルの主張に同意する。
2010年8月4日、アップルはサムスンに対し、サムスンが自社知財を侵害しているという確信について単なるほのめかし以上のものを提示した。即ち、アップルは、サムスンの具体的製品による自社特許の具体的侵害クレームについて述べた包括的サマリーを、直接サムスンに手渡している。サムスンがライセンスやその他訴訟外の解決を主観的に希望したとしても、かかるアップルの行為により、合理人(reasonable person)であれば、少なくとも訴訟が予期される状態にあることの通知を得たことになる。現にサムスンは、この後少人数の従業員に対して、訴訟ホールド通知を送っている……。
2. サムスンの心理状態要件
アップルは、アップルとの訴訟が「合理的に予期された(reasonably foreseeable)」後も、サムスンがeメールの自動削除方針を維持していたことについて、サムスンが証拠を破棄しようとする「とがむべき心理状態(culpable state of mind)」にあったことを示すもの、と主張する。証拠文書の保全に関する後の従業員教育や、訴訟ホールド通知によっても、この事実を否定することはできない。アップルによれば、従業員が保全指示を守っているか否かを具体的に確かめることなく、引き続き2週間の自動削除方針を採用していたことこそ、本件論点の決定的要因となる。
これに対しサムスンは、証拠破棄が「意図的(intentional)」または「故意(willful)」であることを証明する義務をアップルが果たしていない、と主張する。サムスンによれば、関連する証拠を保全するためにサムスンは「もっとやるべき」であったというアップルの訴えは、(本件訴訟を管轄する)第9巡回区の「悪意」基準を確立するには不十分である。
これについても当裁判所は、アップルの主張に同意する。本件記録ではサムスン側の「悪意(bad faith)」が立証されていない、というサムスンの主張は正しいかもしれない。しかし、本件において必要とされる心理状態は「悪意」ではない。当裁判所が認定すべきは、サムスンがその義務に対し「意識的な無視(conscious disregard)」をしたということである。2週間毎の自動削除方針に照らしたとき、サムスンが従業員に詳細に伝えたという保全指示を実際に順守したか否かを確認する義務がサムスンにあったといえる。当裁判所が見る限り、サムスンはこの点において何もしていない。……これは必要とされる義務を「意識的に無視」したことの十分な証拠となる。
3. 破棄された証拠と本件争点との関連性(略)
4. 証拠保全義務違反への制裁としての陪審員説示
「サムスンは、本件訴訟においてアップルが使用すべき関連証拠の破棄を阻止することを怠った。
したがって、当裁判所は、法律上の問題として、あなた方(陪審員)に対し、次のように説示する……。
あなた方は、アップルが、証拠の優越により、以下2要素に関する証明責任を果たしたものと推定することができる。
1)証拠保全義務が生じた後、「関連」証拠が破棄された。証拠とは、事実審理において争点となる事実問題を明らかにするものであれば、あるいは証拠として当然採用されうるものであれば「関連」するものとなる。2)失われた証拠は、アップルにとって有利なものであった。
この認定が本件の評決に達するうえで重要であるか否かは、あなた方の判断による。評決に達するに当たり、これが決定的要素となるか、決定的要素を幾分か含むか、まったく含まないかは、あなた方自身が判断することになる」
以上
(営業推進部 飯野)