- 知財情報
- アーカイブ
2013.02.28
「2012年11月12日、中国国家知識産権局(SIPO)は「職務発明条例草案」を発表し、12月3日を期限としてパブリックコメントを募集しました。
従業員発明者と雇用主間の権利関係や発明保護ルールなどを明確にすることにより、イノベーションの促進を図ることをその目的と謳いつつも、全7章46条からなる本条例案には問題点も少なくないようです。 12月3日の期限までにコメントを提出したアメリカ法曹協会(ABA)や米中ビジネス評議会は、事前にコメント提出の機会が提供されたことを評価しつつも、企業側の負担が過重になりかねない規定や不明瞭な定義・規定の存在を指摘し、その明確化や削除を要請しています。
そこで当社では、昨年11月、本年5月に開催した中国職務発明セミナー(基礎編・実践編)においてご好評頂いた北京市天達律師事務所の張青華弁護士を再び招へいし、本条例案の内容を把握するとともに、実務上の影響や対処法について考察します。」
本コーナーでもご紹介したとおり、2011年、2012年に2回のシリーズで行った弊社セミナーのポイントは、中国専利法の第三次改正に伴って改正された実施細則の職務発明規定(主に報奨・対価に関する規定)への対応です。すなわち高額になりすぎる法定額を回避するために、いかに独自規定(社内規程もしくは発明者との個々の契約)を策定するかということでした。そのため、シリーズ2回目の実践編では社内規程サンプルをご提供し、独自規定を作るご参考としていただいたのでした。
ところが、ほどなく新たなルール(条例案)が「降って湧いたように出てき(実際は違うのですが)、しかもその内容はかなり広範かつ企業側に負担を強いる可能性が高いようだ」ということで、急きょ内容把握を主眼としたセミナーを企画したという次第です。東京会場(1/24)、大阪会場(1/25)ともに定員オーバーのお申し込みを早々にいただきました。
張弁護士の講演は、以下の項目に沿って進められました。
1. 立法背景
2. 起草過程
3. 草案起草における基本原則
4. 草案の内容
5. 現行法規との主な相違点
6. 問題点
7. 今後の対応策
本条例起草の根拠は「国家中長期人才発展計画概要(2010年~2020年)」にあり、そこには次の文言が明記されているということです。「職務技術成果条例を制定し、科学技術成果である知的財産権の帰属および利益分担構造を整備し、科学技術成果の創造者の合法的権益を保護しなければならない。職務発明者の権益を明確にし、主に発明者の受益比率を上げなければならない」
これにより2010年11月に起草チームが立ち上げられ、起草計画が練られていったということです。この起草チームは約200人の従業員発明者と面談し、職務発明の取り扱いにおいて、使用者(企業)側の認識があまりにも低く、合理的奨励や報酬を受け取る発明者の権利や発明者としての氏名表示権がないがしろにされている実態が明らかになったといいます。張弁護士によれば、このような慣行は外資系企業ではなく、多くは中国企業に見られるということです。
この実態の是正が条例起草の最大要因になったこともあり、公表された条例草案はかなり発明者側に偏った内容となったわけです。条例案の構成は以下の通りです。
第一章 総則
第二章 発明の権利帰属
第三章 発明の報告と知的財産権の出願
第四章 職務発明の奨励金と報奨金
第五章 職務発明の知的財産権の運用実施の促進
第六章 監督検査と法的責任
第七章 付則
各章の見出しを読むだけで、これまでにない広範な職務発明ルールを意図していることがわかります。その内容を見ると……、冒頭のセミナー案内中「全7章46条からなる本条例案には問題点も少なくないようです。」と記しましたが、セミナー当日、改めて張弁護士の説明を聞いてみると問題満載でした。ここでは各団体から提出されたパブリックコメントの中でも最も意見(批判)が多かったという第三章「発明の報告と知的財産権の出願」について見てみましょう。
「第10条
単位が別途規程を有し、もしくは発明者と別途約定がある場合を除き、発明者は単位の業務に関わる発明を完成させた後、発明の完成日から2カ月以内に単位に対し当該発明について報告しなければならない。 発明が二人以上の発明者によって完成された場合、発明者全員が共同で単位に対し報告する。
第11条
発明報告書には下記の内容を含まなければならない。
(一)発明者の氏名
(二)発明の名称と内容
(三)発明が職務発明かまたは非職務発明か、およびその理由。
(四)発明者が説明を要するとみなすその他の事項
第12条
発明者が報告した発明は非職務発明に属すると主張する場合、単位は第11条の規定を満たす報告書を受け取った日から2カ月以内に書面で回答しなければならない。単位が上記期限内に回答しない場合、当該発明が非職務発明であることを認可したものとみなされる。
第13条
単位は書面での回答において、報告された非職務発明が職務発明に属すると主張する場合、理由を説明しなければならない。
発明者が単位の回答を受け取った日から2カ月以内に書面で反対意見を提出する場合、双方は本条例の第42条規定に基づき紛争を解決することができる。反対意見が提出されなかった場合、当該発明が職務発明であることに同意したものとみなされる。
第14条
単位は発明者が職務発明を報告した日から6ヶ月以内に、国内において知的財産権を出願するか、ノウハウとして保護するかまたは公開するかを決定し、決定内容を書面で発明者に通知しなければならない。
単位が前項の期限内に発明者に通知しない場合、発明者は書面により単位に対し回答するよう催告することができる。発明者が書面で催告後1ヶ月を経過してもなお単位が回答しない場合、単位はすでに当該発明をノウハウとして保護しているものとみなし、発明者は本条例第25条の規定に基づき補償を受ける権利を有する。単位がその後当該発明について再度国内で知的財産権を出願、取得した場合、発明者は本条例が規定する奨励金及び報酬金を得ることができる。
(以下略)」
いかがでしょうか。発明者が報告において、「これは非職務発明と主張する」場合があるとは、また企業側がこれに書面で2ヵ月以内に反論しないと、非職務発明と認められるとは一体どういうことでしょうか。さらに職務発明報告の日から6カ月以内に出願するか、ノウハウとして保護するか公開するかを決定しない場合(その催告後1カ月未回答の場合)、ノウハウ保護をしているものとみなし、これに対する補償を支払うとは……。そもそもノウハウを職務発明報奨の対象と明記しているものは現行法規にはありません。このようにちょっと受け入れがたい規定が、これでもかと列挙されています。また、第三章に限らず、企業側が従業員発明者に対して「通知しなければならない。説明しなければならない」という企業側の説明通知義務が多いのが本条例の特徴ということです。
それでも、本条例案第10条冒頭にもあるとおり「単位が別途規程を有し、もしくは発明者と別途約定がある場合を除き、……」といった文言の存在により、当事者間の契約優先が担保されているため、「どんなにキツいルールがあっても、自分たちでしっかり決めておけばいい」という救いがあるように見えます。ところが第4章「職務発明の奨励金と報酬金」中の第19条では、「……発明者が本条例に基づいて享有する権利を取消し、もしくは制限するようないかなる約定及び規定も無効である……」という強行法規の文言をもつなど、契約自由の原則が本条例においてどこまで適用されるのか明確でありません。アメリカ法曹協会(ABA)合同部会が提出したコメントなどもこの点を強く指摘しています。
さまざまな問題を抱える条例案ですが、まだ最終案として固まったわけではありません。日米などの関連団体から厳しいコメントも提出されています。すでに開発拠点を有する日本企業にとって大切なことは、現行法規(専利法、専利法実施細則、契約法など)に基づき合理的規程・契約をきちんと定めておくこと。そのうえで、本条例案の動向をウォッチし、最終的に確定した内容に対応できる準備を整えておくこと、というのが現段階での張弁護士のアドバイスでした。そして、「内外からこれだけ多くの批判を受けているこの条例案がそう簡単にこのまま成立するとは思えない。その一方で、問題の多い労働契約法や技術輸出入実施例が多くの非難にかかわらず実施された事実も厳として存在します。あまり萎縮してもいけませんが、準備は怠りなく」という一言が添えられ、閉会となりました。
(営業推進部・飯野)