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2016.05.25
事例紹介
生活用品メーカーのA社は業界で高いブランド力を持つため、中国でも大量に模倣品が出回るようになっていました。中国では既に調査、レイドなどの対策を取ってこられましたが、近年中国で製造された模倣品が他の海外市場でも多く発見されるという問題が出てきました。
中国本土の模倣品対策の限界
A社ご担当者様からNGB経由で弊所にご相談をいただき、対策を検討しました。海外流出を阻止するのであれば、中国本土の模倣品の製造元(川上)を叩き、税関を利用してボーダーで抑える、という戦略をとるべきではないか?とおもわれますが、実際はそう簡単にはいきません。
その大きな原因は、中国の模倣品業界の急激な変化、そして中国の法体系にあるのではないかとおもいます。例えば、模倣品の製造――最近では大幅なコスト削減・効率化のために、模倣品業者も不特定多数の同じ部品を作る工場(模倣品の部品以外の部品も製造していることが多い)から価格に見合った工場を選び、調達部品を別の専門の組立工場で組み立てる、といった具合に分業化が進んでいます。その為、どこを模倣品の「製造元」としてターゲットを絞り対策を取るか判断が難しいケースが多くなってきたと感じております。また、製造の現場だけでなく、模倣品の販売ルートも様変わりしたことによりエンフォースメントが更に難しくなっています。日本でも馴染みの深いタオバオ、アリババ等のEコマース、ウェイシン等のソーシャルメディアの爆発的な普及により、中国でも口コミ情報が一夜にして中国全土に広がり、商品が瞬時に買える便利な世の中になりましたが、残念ながらオンラインセラーの中には模倣品の販売に手を染める者も増え、模倣品が今迄にないスピードで広範に取引きされるようになりました。その為、従来の調査方法では調査しきれず、製造現場と在庫を抑えるレイド、そして海外流出を阻止するための中国税関の水際措置を取ることが難しくなってきたと感じております。
このように模倣品業界は進化(?)していますが、残念ながら中国の知財保護の環境は実務レベルでは様々な改善も追いつかず、警告書を送れば軽視され、行政機関は少し難しい案件となると腰が重く、訴訟では挙証難、執行難、低額の賠償金、長い審判期間、地方保護主義、裁判官不足等、まだまだ解決すべき課題が山積みです。A社の問題は、中国本土だけで戦っているのでは限界があるとおもいましたので、中国本土以外で模倣品流出を阻止できるところはないかという視点から戦略を考え直しました。
香港から模倣品が流出している
香港は、広東省の下に位置する小さな旧イギリス植民地ですが、植民地時代から発展した自由経済にある金融、貿易により、今では中国本土の窓口、ビジネスのハブとしての地位を確立しています。最新の香港政府の統計では、中国本土の海外向け輸出のうち凡そ12%(278億USドル)が香港経由で輸出されているそうです。中国本土は外貨規制が厳しいので、多くの中国企業が香港の金融制度を利用して貿易を行っています。運送費が大陸からのものに比べて安いというメリットもあるようです。また、香港政府はアジア貿易のハブとしての地位を更に確立するために、国際展示会を産業として奨励しており、毎年何十もの大型の国際展示会が開催され、全世界から膨大な数のバイヤーが新しい商品を求めてやってきます。中国からアクセスしやすく、中国語(普通語)が通じることから、多くの中国企業が香港の展示会を利用しています。全てではありませんが、相当多くの模倣品業者も香港の利点を利用して、模倣品を海外に輸出していますので、A社が過去に調査した香港展示会の記録を見直しました。昨年と今年にかけて開催された2つの展示会だけでも模倣品を出した会社は20社以上に上ることがわかりました。
中国本土の窓口である香港を舞台に戦う
香港は、「一国両制」(一国二制度)を取っており、植民地時代のコモンローが維持され比較的しっかりした法体系です。香港政府は消費者が安心して利用できるマーケットスペースを作り出すべく、知的財産権の保護に力を入れています。上述しました通り、香港政府は展示会を産業として奨励していますので、展示会に模倣品が出されることを大変嫌っております。香港では税関が国境と市場における模倣品の取締りを行っていますので、展示会に出展された模倣品の問題も香港税関の管轄となります。
A社商品に関係する展示会は年間十件近くありますので、香港税関に協力を要請することをご決断されました。まず、今年3月にNGBの中国弁護士とともに、A社の知財責任者を同行して香港税関を表敬訪問しました。香港税関は、A社の訪問を大歓迎し、熱心に事件の詳細を聞いてくれました。面談は数時間にわたり、香港知的財産権届出申請手続き、税関施設の利用方法の説明、香港税関と連携した具体的なエンフォースメントの戦略の提案まで幅広い内容に及びました。A社は訪問後に直ぐに知的財産権届出申請書類をまとめて提出し、今は税関と協力して次に開催される7月の展示会に向けて準備を進めています。
まとめ
A社の取り組みはまだ始まったばかりですが、中国の模倣品が香港から海外に流れているという問題を認識し、直ぐに香港税関との協力体制を築くことができましたので、今後の成果は大きく期待できるのではないかとおもいます。このように、中国本土の窓口となっている香港で、中国の模倣品業者が海外に模倣品を持ち出せないように阻止することができれば、全てといわなくても、相当の数の模倣品の海外流出を防止することができるとおもいます。今後の中国模倣品対策の戦略作りに、少なくとも香港を視野に入れておく、ということは重要ではないかとおもいます。
(Bird & Bird LLP 北京オフィスパートナー 道下理恵子)
次稿では、香港税関担当者との連携の実態を、NGB中国弁護士の範がご紹介します。どうぞお楽しみに。