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2017.02.20
【Cases & Trends】 職務発明をめぐる英国最新判例 — “Too Big To Pay” 大企業では補償金支払い基準がかなり厳しい(?) [前編]
中国についていえば、「そろそろ発明が出始めている」という部分もしばしば話題になります。中国特許庁(SIPO)の出願統計を見ると、職務発明(service invention)出願と非職務発明(non-service invention)出願という形で数字が出ています。統計はさらに国内出願人と外国出願人に分かれており、公表されている2016年(11月まで)の数字を見ると、外国出願人による発明特許出願中、職務発明出願の割合97.9%に対し非職務発明出願の割合は2.1%です。一方中国国内出願人の場合、職務発明出願の割合81.1%、非職務発明出願の割合は18.9%と、かなり高いのです。ずいぶん前にこのことに気づき、複数の中国人弁護士に「中国にはこんなにたくさんの個人発明家がいるのですか」と尋ねたところ、「違います。企業の従業員発明者が個人で出願しているケースが多いのです。訴訟統計を見ると権利帰属をめぐる訴訟(技術契約紛争の範疇に含まれている)が増えていますが、企業側が後になって従業員による特許出願に気づき、訴訟になるケースもよくあるのです」とのこと。「そろそろ発明が出始めてきた」どころか、「すでに従業員が個人で出願していた」という可能性もあるというわけです。中国の職務発明関連法規では、とかく企業側に対する負担の大きさに目がいきがちですが、企業側を守るためにも職務発明規程を作り、適切な発明届出制度を構築しておくことが必要、というアドバイスを受けました。
さて、今回はこの職務発明について、最新のトピックを紹介します。イギリスの控訴裁判所(Court of Appeal「控訴院」)が2017年1月18日に下した注目の判決です。
Shanks v. Unilever Plc & Ors [2017] EWCA Civ 2 (18 January 2017)
事実概要
控訴人Ian Alexander Shanks(「シャンクス」)は被控訴人Unilever UK Central Resources Ltd.(「CRL」)に1982年5月5日から1986年10月3日まで雇用されていた。シャンクスの雇用はバイオセンサーに関連する研究開発業務が目的であり、発明行為も含まれていたことは両当事者間で争いがない。当初のシャンクスの報酬は年18,000ポンドプラスVolvo車、その後引き上げられて29,000ポンド、プラスBMW車となった。
シャンクスはその後、血中のグルコース濃度を測定する装置を開発し、関連する発明は職務発明としてCRLの帰属とされた。CRLはUnilever Plcの100%子会社であり、ユニリーバグループの方針に従い、シャンクスの発明に関する権利はUnilever Plcに100ポンドで譲渡された。Unilever Plcは同発明に関する英国、オーストラリア、カナダ他における権利を保持し、残る欧州各国と日本を含む他地域の権利を100ポンドでUnilever NV(オランダ法人)に100ポンドで譲渡した。Unilever NVは米国における権利についてのみ、Unilever Patent Holdings BVに譲渡した。この間、シャンクスは確認のための譲渡証への署名を求められ、署名したが、このときシャンクスが受け取ったのはそれぞれ1ドルであった。その後シャンクスの発明は英国を第1国として特許出願され、欧州を始めさらに世界各国で特許が取得された。血中グルコース濃度測定の市場は1990年代後半から2000年代に拡大し、シャンクスの特許は多くのライセンス収入をユニリーバにもたらした。
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この後、自らの発明に基づくユニリーバの収益について知ったシャンクスは、ユニリーバに対し適切な補償金を請求したのですが、折り合うことなく特許庁の裁定を求めたのです。特許庁は当時の適用法である1977年特許法第40条(1)に照らし、シャンクスが補償金を受ける資格はないと判断しました。これを不服としたシャンクスは、高等法院(High Court)へ控訴したものの退けられ、さらに控訴院の見直しを求めましたが、結局特許庁の判断が維持されることになりました。1977年特許法第40条(1)では、職務発明に対して補償金が支払われるためには、その発明が会社側(使用者)に「顕著な利益(outstanding benefit)」をもたらしたことが条件となっています。さらにその利益が「顕著」であるか否かを判断するに際しては、会社側の規模や事業の性質に鑑みて判断されるべき、と定められています。そこで、ユニリーバほどの大企業にとっては、発明が相当の利益をもたらしたとしても「会社全体の収益に比べれば、顕著とはいえない」ということになってしまう(Too Big To Pay)のか、ということが争われました。
論争の詳細と控訴院の結論については、「後編」で紹介させていただきます。
(営業推進部 飯野)