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2020.06.24
【Cases & Trends】 米国:PTAB行政特許判事の任命を違憲と判断したArthrex判決アップデート — 相次ぐ差戻し(請求)に対するPTAB、裁判所の対応は…
あれから半年以上が過ぎたいま、世界はCOVID-19パンデミックという災厄に見舞われ、未だそのただ中にいるわけですが、大きなインパクトが予測されたあのArthrex判決はどうなったのか… 。今回はArthrex判決のその後をたどり、現状、そして今後の展開について整理しておきたいと思います。
最初にArthrex判決の概要をおさらいします。
事案の概要
Arthrexの保有特許に対してSmith & Newphewが申請したIPR手続きの結果、特許を無効とする最終決定がPTABに下されると、Arthrexはこれを不服としてCAFCに控訴しました。控訴理由は、IPR手続きを行うPTABの行政特許判事(APJ)は、合衆国憲法の「任命条項(Appointments Clause)」(第2章第2条第2項)に違反して任命されているため、そのようなAPJの決定は無効であるというものです。
ここでは、APJが「上院の助言と承認を得て大統領が任命する」ことを必要とする『主要官吏(principal officers)』なのか、商務長官の任命で足りる『下級官吏』なのかが最初の争点となりました。CAFCは、その任務・権限に照らしAPJは「主要官吏」に該当すると判断したうえで、大統領でなく商務長官によって任命されたAPJは合衆国憲法に違反すると結論しました。そこでCAFCは本件PTABの最終決定を取り消し、新たなAPJパネルの下で再度審理するようPTABに差し戻したのです。
Arthrexはこの判決を不服とし、CAFCによる再審理または大法廷再審理(rehearing en banc)を求める申立てを提出しました。
CAFCの大法廷再審理は行われず
2020.3.23 CAFC命令 – Arthrexによる再審理、大法廷再審理の申立てを却下 *1)
却下命令はわずか10数行のものですが、合計60頁に及ぶ2つの補足意見(concurring opinion)と3つの反対意見(dissenting opinion)が付されています。
相次ぐPTAB決定の差し戻し案件に対しPTABが命令
Arthrex判決後は同判決に依拠したPTAB決定の取り消し・差し戻し請求が相次ぎ、5月までにCAFCは100件超のPTAB控訴案件を取り消し、PTABに差し戻しました。一方、Arthrex判決に対しては複数の当事者が最高裁への上告請求しており、最高裁の判断(まずは上告を受理するか否か)が待たれています。
そこで、この間、PTABが徒に差し戻し審理をすることを避けるため、PTABの首席行政特許判事は、すべての差し戻し案件の審理を一時停止するよう命じるGeneral Orderを5/1に発令しました。
2020.5.1 PTAB主席行政特許判事の命令 *2)
“General Order in Cases Remanded under Arthrex, Inv. v. Smith & Nephew, Inc. 941 F.3D. 1320 (Fed. Cir. 2019)” SCOTT R. BOALICK, Chief Administrative Patent Judge
≪米国特許商標庁(「庁」)は、連邦巡回区控訴裁判所(「CAFC」)から、Arthrex, Inc. v. Smith & Nephew, Inc.判決(941F.3d 1320(Fed. Cir. 2019)に依拠した多くの(差し戻し)命令を受けている。これらの命令は、すでに特許審判控訴部(PTAB)による100件以上の審決を取り消しており、同様の命令がこの後も続くことが見込まれる。これらの命令は、PTABに対し、新たに任命された行政特許判事パネルの下に差戻し審を行うよう指示している。
かかるCAFC命令の対象となるPTAB事件の当事者のいくつかは、連邦最高裁へ上告する意思を示している。一方、PTABの標準運用手続き(Standard Operating Procedure: SOP)9に従い、これらの当事者は適切な行政特許判事パネルとの電話会議を求め、コンタクトしてきている。すべての上訴手続きが終了するまでの間に、特許庁と当事者が不要な負担を被ることを回避すべく、私は与えられた裁量権を行使し、(1) Arthrex判決に基づきCAFCから差し戻された事件においてSOP9要件を停止する、(2) 最高裁が上告請求に対する処理をするまで、または上告請求期間が経過するまでの間、すべての差戻し案件への処理を停止状態にする。
以上の理由により、以下の差戻案件*の処理を停止する。≫ *103件が列挙されている
特許権者でなくIPR申請人側もArthrex判決を援用できるのか
Arthrex判決によって顕在化したAPJの違憲問題については、いくつかの派生的問題が生じていますが、ここではIPR申請人がAPJの任命条項違反を主張できるのかを争ったCiena Corp. v. Oyster Optics, LLC事件を紹介します。
Arthrex事件の場合、Smith & Nephewによって申請されたIPR手続きの結果に対し、「特許権者」であるArthrexがAPJの違憲性を主張しました。一方、Ciena Corp. v. Oyster Optics, LLC事件の場合、PTAB決定(特許は有効)を不服として、APJの違憲性を理由に取り消し・差し戻しを求めたのは「申請人」であるCienaでした。IPRの申請人側も特許権者と同様にAPJの合憲性を理由にPTAB決定の差し戻しを請求できるのか、という問題に対し、CAFCは「否」の回答を出しました。
2020.5.5 CAFC命令 (precedential order) *3)
Ciena Corp. v. Oyster Optics, LLC ( – F.3d -, No. 2019-2117, Dkt. 48 (Fed. Cir. May 5, 2020)
≪Cienaによる申立ての問題は、Artherx事件においてAPJ任命の合憲性を争った特許権者と異なり、申請人であるCienaは自らPTAB(APJ)の裁定を望んだということだ。即ち、Cienaは、APJがどのように任命されたかに関係なく、積極的に彼らによる判断を求めたのである。Cienaは担当となった判事パネルが自身の特許無効チャレンジを裁定することに満足していた… 特許無効とは逆の裁定を下すまでは。かかる状況に照らし、当裁判所は、Cienaが、合衆国憲法の任命条項に基づいて争う権利を放棄したものとみなす。≫
PTAB決定の取り消しと差し戻しを求めたCienaの申立てに対するCAFCの命令は、上記の通り “precedential order”(先例となる命令)との表記がされています。実は、CAFCは一度2020年1月28日に命令を下していましたが、”nonprecedential order”という位置づけで出していました。これに対し、特許庁から改めて「先例となる命令」として発してほしいとの要請を受け*4)、出し直したということです。
Arthrex判決から派生する憲法論争事例だけでなく、IPRに関連する重要判決はCOVID-19パンデミック期間中も他に次々と出されています。網羅的に紹介することはほとんど不可能ですが、Arthrex後の太い流れだけでも引き続き、追跡しアップデートしてゆく予定です。
参考資料・文献
*1) 2020.3.23 CAFC命令 order motion for rehearing en banc denied
*2) 2020.5.1 PTAB主席行政特許判事の命令 “General Order”
*3) 2020.5.5 CAFC命令 (precedential order) Ciena Corp. v. Oyster Optics, LLC
*4) 2020.3.30 特許庁要請 Ciena Corp. v. Oyster Optics – Request to Make Precedential
・”CAFC Holds That Request To PTAB Adjudication Waives Constitutionality Challenge” Leon Lin , Samhitha Muralidhar, Elizabeth Ferrill Finnegan, Henderson, Farabow, Garrett & Dunner, LLP (6/3/2020)
・”IPR Petitioners Ineligible For Arthrex Relief” Nate Andrews , John Marlott, David Maiorana, John Evans Jones Day(6/3/2020) * 4) 「特許庁要請」原文へのリンクあり
・”PTAB Orders All Cases Remanded In Light Of Arthrex Held In Abeyance” George C. Beck and Bradley Roush Foley & Lardner (6/2/2020) *2) 「PTAB主席行政特許判事General Order」原文へのリンクあり
・”Federal Circuit Issues Several Rulings Defining Contours of Arthrex Decision” Steve Brachmann (ipwatchdog 5/17/2020)
(営業推進部 飯野)