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2021.01.29
IPRに絡んだ判例法体系はいまなお構築中であり、様々な争点をめぐり次々と重要判決が下されています。
今回紹介するのは、IPRを申請したものの特許庁審判部(PTAB)からは「特許有効」との決定が下されたため、これを不服としてCAFCに控訴しようとするIPR申請人が直面する「壁」について扱ったケースです。
この壁は、とりわけ特許侵害訴訟を受けていない段階でIPRを申請する場合に出現します。行政機関である特許庁(PTAB)は改正法に基づきIPR申請自体は受理します(実際に審理を開始(institute)するか否かは別途判断されますが)。ところが、特許有効のPTAB決定が出た場合に申請人がこれを不服としてCAFCに控訴した場合、裁判所であるCAFCはそれを当然に受理することはありません。控訴人としての当事者適格(standing)を備えていない限り、控訴を門前払い(却下)することになります。(裁判所というところは単に特許の有効性について意見を出すことはなく、あくまで当事者間に現実の争いごとが存在する場合に初めて有効性の問題をとりあげるということです)
今回は、そのような壁を越えたIPR申請人の控訴事例を紹介します。
General Electric Co. v. Raytheon Technologies Corp., (Fed.Cir., 12/23/2020)
事案の概要
General Electric Co.(GE)とRaytheon Technologies Corp.(レイセオン。本件PTAB手続き時点ではUnited Technologies Corp.として知られていた)は、商用航空機向けのエンジン市場で激しく競合している。
2014年4月、レイセオンはガスタービンエンジンに関する米国特許8,695,920号(“Gas Turbine Engine with Low Stage Count Low Pressure Turbine”)を取得した。
2016年12月、GEは2つの先行技術(研究論文Wendus, Moxon)の組合せにより ‘920特許(の特定クレーム)が自明であると主張して、’920特許に対するIPR(Inter Partes Review)を特許庁(PTAB)に申請した。
PTABが GEの主張を退け、’920特許の有効性を確認する最終決定(自明ではない)を下すと、GEはこれを不服として連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)に控訴した。
判 旨
控訴適格 – 現実の被害
控訴の本案(PTABによる非自明認定の適否)について判断する前に、当裁判所が本件控訴を審理する権限について判断しなければならない。レイセオンは、GEによる控訴適格(standing to appeal/appellate standing)の欠如を理由に、本件控訴を却下するよう申し立てた。
当裁判所は、合衆国法典第28編(28 U.S.C)第1295条(a)(4)(A)に基づき、PTABの最終決定を再審査する権限を有しているが、控訴人は、合衆国憲法上求められる最小限の適格要件(irreducible constitutional minimum of standing)を満たさなければならない。
控訴人に求められる憲法上最小限の適格要件とは、控訴人が、(1)現実の被害(injury in fact)を受けたこと、(2) その被害は被控訴人の行為に起因すること、かつ(3) 裁判所による有利な判断(勝訴判決)により救済される可能性があること、である。
「議会が訴訟当事者に手続き上の権利を与えた場合、例えば行政手続き決定に対する控訴の権利が法によって定められた場合、上記適格要件のいくつかは緩和されるが、「現実の被害」要件が緩和されることはない。」Consumer Watchdog v. Wis.Alumni Research Found., 753 F.3d 1258, 1261(Fed.Cir. 2014)
したがって、本件申立てにおいては、GEが「現実の被害」を主張したか否かが中心争点となる。
控訴人が、現実の被害の根拠として「侵害責任を問われる可能性」を主張するものの、現時点では侵害行為に従事していない場合、将来侵害が発生する実質的リスクを生み出すような、あるいは特許権者の侵害請求を発生せしめるような、将来の行為に関する具体的な計画(concrete plan)があることを証明しなければならない。JTEKT Corp. v. GKN Auto.LTD., 898 F.3d 1217, 1221(Fed.Cir. 2018) cert. denied
JTEKT判決以降、当裁判所は、「IPRにおける最終決定への控訴において被害要件を立証するために、控訴人は『特許権者による具体的な侵害訴訟の脅威に直面している必要はない』」、「一般に、控訴人は、侵害訴訟提起の可能性を生じさせる行為に従事した、従事している、あるいは従事する可能性があることを示せれば十分である」と説明してきた。
本件控訴人GEは、自身の将来の行為について具体的計画を有していた。2019年にはギアードターボファン(geared turbofan)エンジン・デザインの開発に1000万~1200万ドルを投じた。…実際、GEは同社の次世代候補ギアードターボファンエンジン・デザインをエアバス社の要請に応じて提示している。(DiTommaso氏の供述書より)…… これらの証言はGEがエアバス社に対し最終的にこのエンジンを提案することを証明するものではないが、「将来発生する可能性のある行為 – 実際は発生しないかもしれない – は、十分に適格性を与えることができる。」 …ギアードターボファンエンジン・デザインの継続的開発に対するGEの具体的投資、エアバス社に対する同エンジンの非公式なオファー…、これらはGEがこのエンジンを顧客へ販売する可能性を示すものである。
GEはまた、かかる販売により、侵害訴訟が提起される実質的リスクが生ずることを立証した。
GEの航空部門知財弁護士の宣誓供述によれば、「このエンジンは ‘920特許を侵害する、とレイセオンが主張するであろうことを、GEは十分に予期していた」。 この供述から導かれる最も合理的な推論は、有望と考える自社デザインが侵害の実質的リスクを生じさせるであろうことをGEが確信していた、ということだ。
本件控訴においてGEは将来の侵害に対する実質的リスクを生じさせる具体的計画を示した、という結論は、本件と同じ当事者間で争われた先の事案(General Electric v. United Techs., 928 Fed.3d 1349 (Fed. Cir. 2019))においてGEの控訴適格を否定した当裁判所の結論と食い違うものではない。
先の事案では、1970年代半ばの研究プログラムにおいてクレーム対象デザインと類似するターボファンエンジン・デザインを開発したことをGEの航空部門知財弁護士が供述するのみで、レイセオンがこのデザインに対し侵害請求する可能性を示唆していない。むしろ、GEがこのデザインを使うことができない場合、研究開発や設計コストが増加することによってGEに経済的ダメージをもたらし、「競争上の被害」を受けることになると主張した。一方で、侵害可能性のあるデザインの開発や申し出について具体的に示すことなく、侵害デザインは「有効なオプション」と言及するにとどまった…。
このように、先の事案においてGEは、将来の侵害リスクを生じさせるような将来の行為に対する具体的計画を示すことができなかった。本件におけるGEの主張は、それとは明確な対照をなすものである…。
以上の理由により、GEは本件PTAB決定に対して当裁判所に控訴する適格性を有するものと結論する。
[本案についての判断]
’920特許(クレーム10-14)を非自明としたPTABの決定は、その根拠とする事実認定を裏付ける実質的証拠に欠ける。ゆえに、PTAB決定を破棄し、さらなる審理のために差し戻す。(以下略)
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以上のとおり、侵害訴訟が提起されていない段階でIPRを申請したものの(このような申請は「先取り(preemptive)IPR」と呼ばれているようです)、特許を無効とするPTAB決定を得られなかった場合、CAFCへの控訴における最初の関門をクリアするためには、かなり踏み込んだ主張、証拠を示す必要があるようです。
しかし、「侵害(訴訟)リスク」についての踏み込んだ主張は、「両刃の剣」にならないとも限りません。本判決の中でCAFCは、「IPR申請人は、控訴適格を満たすために、侵害を認める必要はない」と明記していますが、「適格性を満たすための主張が、後の侵害訴訟において不利に作用する可能性がないとはいえない。先取りIPR申請に際しては、予め専門弁護士と十分な戦略策定をすることが肝要」との指摘が少なくありません。(例えば、”Jetting along the Thin Line between Appellate Standing and Admitting Infringement” Thomas DaMario, IP UPDATE 1/14/2021; “Standing to Appeal IPR Decisions of the PTAB: Article III and the Federal Circuit” Richard J. Stark, ©2020. Published in Landslide, Vol. 12, No. 4, March/April 2020, by the American Bar Association.)
なお、CAFCへの控訴適格要件の論争はまだ収まったわけではなく、同様の問題について争う医薬(ジェネリック)メーカーがCAFCの適格要件判断を不服として、2020年末に連邦最高裁に対し上告請求を提出しています(ARGENTUM PHARMACEUTICALS LLC v. NOVARTIS PHARMACEUTICALS CORPORATION, Petition for Writ of Certiorari filed 12/4/2020)。最高裁がこの上告請求を受理するか否かの決定は、間もなく、2021年2月後半にも下されるということです(参照:”Companies ‘Doing Backflips’ at Top Patent Court Seek SCOTUS Help” Perry Cooper, Bloomberg Law, 1/25/2021)。
まだまだ目を離すことができない重要IPR争点の一つといえましょう。
(営業推進部 飯野)
本件CAFC判決原文はこちらから
=>http://www.cafc.uscourts.gov/node/26912