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2021.12.09

営業推進部 飯野

【Cases & Trends】米最高裁Arthrex判決後アップデート — 新設された「長官レビュー」最新動向

いろいろあった2021年も、とうとう師走に入りました。この時期、知財の世界でも2021年知財10大ニュースや10大判決といったものが目に入るようになってきます。米国知財においては、連邦最高裁が6月に下したArthrex判決もおそらくトップ10に入ってくると思います。このArthrex事件については、本コーナーでもCAFC判決あたりからとり上げてきました(*1)。今年最後の本コーナーでは、Arthrex最高裁判決を受けてIPR, PGR手続きに新設された「長官レビュー」の最新動向についてご紹介します。

まずは、最高裁判決の骨子をおさらいし、新設された「長官レビュー」の概要、新設制度利用に関する最新動向についてみてゆきます。

[最高裁判決] United States v. Arthrex (Sup.Ct. 6/21/2021)
現在のAPJ任命は違憲
現在商務長官に任命されている米特許庁審判部(PTAB)の審判官(administrative patent judge: APJ) がIPR手続きにおいて行使する「レビューを受けることのない権限」は、商務長官による「下級官吏(inferior officer)」の任命を定める合衆国憲法・任命条項と整合しない。このような権限を有するのであれば、実質的に「主要官吏(principal officer)」に相当する。主要官吏であるならば、上院の助言と承認のもとに大統領が任命する必要がある。
違憲状態に対する救済策 – 長官にレビュー権限をもたせること
APJが適切に「下級官吏」として機能する(すなわち違憲状態を是正する)ためには、PTABの決定に対する特許庁長官(Director)のレビュー権限を制限する現行の法規定を無効とし、PTAB決定に対し特許庁長官がレビューする権限をもたせることにある。

次に、最高裁判決を受けて特許庁が新設した「長官レビュー」制度について、紹介します。
”Patent Trial and Appeal Board Boardside Chat: Arthrex and the interim procedure for Director review” July 1, 2021 より (*2)

[長官レビュー(Director Review)]
長官レビューとは
PTO はArthrex判決を踏まえ、長官レビューの暫定手続きを実施することにした。
暫定手続きは、1)長官により自発的に(sua sponte)、または2)PTAB手続き当事者の請求により開始することができる。
長官が自発的に行う場合、手続き当事者に通知され、説明機会が与えられる。
長官レビューは、事実争点、法律争点いずれの争点も対象にでき、「最初から(de novo)」の審理となる。
長官レビューの手続き
IPRまたはPGRの当事者は、以下を行うことにより、各手続きにおける最終書面決定(final written decision: FWD)のレビューを長官に請求することができる。

  1. PTAB決定に対する「長官の再審理」の請求を提出する。
  2. 「長官の再審理」請求の通知を Director_PTABDecision_Review@uspto.gov 宛に eメールで送る。両当事者代理人にはccに入れる。
  3. 長官レビューに代わり当初のPTABパネルによる再審理を請求することもできる。
    ・長官レビューのみを申請したが認められなかった場合、当事者は、PTABパネルによる再審理を請求することはできない。
    ・当初のPTABパネルによる再審理が認められた場合、当事者は、最初に長官レビューを申請したか否かにかかわらず、当該パネルの再審理決定に対する長官レビューを申請することができる。

最後に実際に長官レビューが申請された事件のうち最新のものを2件、紹介します。

[長官レビュー申請に関する最新動向]
長官レビュー制度ができてから、すでに数件の長官レビュー申請がなされましたが(この中にはArthrexの申請もあった)、いずれも却下されています。新制度設置後も実際に長官がレビューすることはほとんどないのではないか、という声が多かったようです。しかし、11月に入り、立て続けに2件の申請が認められました。
(なお、米特許庁には現在「長官」が不在であり、長官レビュー申請に対応しているのは、Andrew Hirshfeld長官代行(Acting Director)です。バイデン大統領は次期長官としてKatherine Vidal氏を指名しましたが、12/1の上院による承認ヒアリングを経て正式に就任するのはもう少し先になります)

1件目のAscend Performance事件は、Samsung SDIの米国特許(USP 9,819,057 B2 “Rechargeable lithium battery”)に対するIPR事例であり、長官レビュー申請が認められた初のケースです。短いので申請に対する長官命令のほぼ全文を紹介します。

Ascend Performance Materials Operations LLC v. Samsung SDI Co. Ltd.(IPR2020-00349, 11/1/2021)

「Samsung SDI Co., Ltd.(以下「特許権者」)は、USP 9,819,057B2(’057特許)に対するIPR申請対象クレームすべてを特許性なしとしたPTAB(以下「審判部」)の最終書面決定に対し、長官レビューを申請した。最終書面決定において審判部は、クレーム1 – 5および13 – 17は、Shimura引例により新規性を失い、かつFujiiおよびYamada引例により自明となるため、特許性を有しないと認定した。
特許権者は以下の理由により、長官レビューがなされることが適切であると主張した。1) 審判部は誤って ‘057特許の「種(species)クレーム5および17を他クレームと切り離して検討しなかった。クレーム5および17は仮出願に基づく優先日が認められ、Shimura引例を克服できる。2) FujiiおよびYamada引例により自明という審判部の無効理由は、IPR申請において主張された理由と「実質的に異なる(materially differed)」。3) FujiiおよびYamada引例により自明という結論を導くに当たり、審判部は「’057特許(の明細書)と審査経過を不当に無視した」。4) 自明という無効理由を検討する際に、審判部はYamada引例に対する特許権者の主張を見逃した。

特許権者による上記主張を検討した結果、特許権者の第一の主張について長官レビューが認められるべきと判断する。「特許クレームは、優先権主張する出願の開示に基づき、クレームごとに優先権が認められる」のであるが、本件審判部の決定は、クレーム5および17について個別に扱っていない。よって本件は、’057特許のクレーム5および17が当該仮出願に基づく優先日である2012年9月7日を享受できるのか否かについて、また適切な出願日に基づくクレーム5および17の特許性について、記録に基づき再検討するよう本件を審判部に差し戻す。特許権者の主張2)から4)については長官レビュー申請を却下する。
よって、審判部による最終書面決定を取り消し、審判部に差し戻す。」

長官レビューが認められた2件目は命令文原文が入手できなかったので、米弁護士の紹介記事(*3)をもとに手短に紹介します。

Proppant Express Invs., LLC v. Oren Techs., LLC, IPR2018-00733 (11/18/2021)

本件は、Oren Technologiesが保有する2件の特許(9,403,626; 9,440,785 フラッキング用コンテナに関する発明)それぞれについて申請されたIPRのうち、’785特許を対象とするものです。いずれの特許に対してもPTABは自明性を理由に特許性を否定しましたが、判断に際しては当該コンテナの商業的成功という証拠の評価が問題となりました。最終的にPTABは、当該コンテナの商業的成功と業界での評価の要因は、特許にはない追加的な、クレーム外の特徴にあるとするIPR申請人の証拠と主張を認めました。
両特許に対するPTABの決定を不服としてOrenはCAFCに控訴しましたが、CAFCは先に ‘626特許に関するPTABの決定を破棄・差戻しとしました。CAFCは、商業的成功という証拠の評価において、特許発明のみが商業的成功の要因であることが求められるものではないとして、PTABが特許権者側の証拠を適切に検討しなかったことを法的誤りと結論しました。
‘785特許に関する審理をCAFCが行っていた最中にArthrex判決に基づく「長官レビュー」制度が設置されたため、早速申請されたのが本件です。特許権者は、’785特許のIPRにおける非自明性証拠に関するPTABの扱いが CAFCにより法的誤りとされた’626特許のアプローチとほぼ同一であるとして、長官レビューを求めました。Hirshfeld長官代行は特許権者の主張を認め、’785特許に対するPTABの最終書面決定を破棄し、商業的成功に関する適切な評価をするよう差し戻しました。

次期長官候補のKatherine Vidal氏はPTAB手続きの経験も豊富なリティゲーターの経歴をもち、長官レビューについてもかなり積極的に取り組むのではないか、という声もあるようです。
来年も新長官下のPTAB動向に要注目です。

注:
(1)『速報:米連邦最高裁の特許事件判決相次ぐ – Arthrex判決(6/21)、Minerva判(6/29)
(https://www.ngb.co.jp/resource/news/1858/)
『米国:PTAB行政特許判事の任命を違憲と判断したArthrex判決アップデート — 相次ぐ差戻し(請求)に対するPTAB、裁判所の対応は…』
(https://www.ngb.co.jp/resource/news/3569/)
『USPTO行政特許判事の任命を違憲とした最新CAFC判決 – その内容は、インパクトは…』
(https://www.ngb.co.jp/resource/news/3528/)

(2) ”Patent Trial and Appeal Board Boardside Chat: Arthrex and the interim procedure for Director review” July 1, 2021(https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/20210701-PTAB-BoardsideChat-Arthrexfinal.pdf

(3) “Kicks Back IPR Decision to PTAB Panel in Light of Federal Circuit Decision in Related IPR”
Karina Moy, Rubén Muñoz – Akin Gump Strauss Hauer & Feld LLP (JDSupra 12/1/2021)
“USPTO Grants Second Petition For Director Review” Christopher Ricciuti – Oblon, McClelland, Maier & Neustadt, L.L.P (JDSupra 12/1/2021)

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