- 判決事例
- ドイツ
2022.06.08
営業推進部 飯野
いまや欧州におけるパテントフレンドリー法廷の代表格とされるドイツの裁判所。とりわけ、スマホやコネクテッドカーを対象とする標準必須特許(SEP)をめぐる訴訟では、相次いで権利者寄りの判決が下され*、SEP実施者/ライセンシー側にとっては要警戒の裁判地となっています。
*Sisvel v. Haier (ドイツ連邦最高裁 2020年), Nokia v. Daimler (マンハイム地裁他 2020年)など。いずれも実施者側の誠実交渉義務を厳しく判断し、SEP侵害に対する差止め命令を認めた。
このようなドイツ裁判所における侵害訴訟をさらに権利者有利にする判決が、欧州司法裁判所(CJEU)によって下されました(Phoenix Contact GmbH v. Harting Deutschland GmbH, Court of Justice of the EU, 4/28/2022)。認可されたヨーロッパ特許に基づき、原告特許権者が被告の侵害行為に対する予備的差止め命令(preliminary injunction)をミュンヘン第一地裁に請求した事件に基づくものです。
前述の通り基本的にプロパテントながら、ドイツでは予備的差止め命令を得るためのハードルが判例法によって高く設定されています。そこで、この高い要件と欧州連合法(ここでは権利行使に関する指令)との整合性に疑問をもったミュンヘン地裁が、欧州司法裁判所(CJEU)による判断を求めていました。
CJEUの結論は、ドイツの当該判例法は欧州指令の目的に反する、というものでした。以下、判決骨子を紹介します。
欧州司法裁判所 2022.4.28 判決
Phoenix Contact GmbH &Co. KG v. Harting Deutschland GmbH & Co.KG
[事案の概要]
2013年3月5日 原告フェニックスは、保護導体ブリッジから成るプラグコネクターに関する特許出願を欧州特許庁(EPO)に提出した。ハーティングは同出願の審査中に特許性に関する情報提供をしている。
2020年11月26日 EPO、フェニックスの出願に対する特許付与決定。
2020年12月14日 フェニックスはミュンヘン第一地方裁判所に対し、ハーティングによる特許侵害の差止めを請求する仮処分申請をした。
フェニックスへの特許付与決定は2020年12月23日付欧州特許公報で公告された。
2021年1月15日 ハーティングはEPOにフェニックス特許に対する異議申立てを提出した。
2021年1月19日 ミュンヘン第一地裁がフェニックスの仮処分申請に対し判断を示す。
[仮処分(予備的差止め命令)申請に対するミュンヘン第一地方裁判所の判断]
「フェニックス特許は有効であり、侵害されていると(予備的に)結論する。当該特許の有効性は脅威にさらされていないと考える。しかしながら、ミュンヘン高等裁判所の拘束力ある判例法 — 特許侵害に対する予備的差止め命令を発するためには、当該特許が認可当局(本件においてはEPO)による詳細な特許性審査を経て認可されただけでは不十分。暫定的救済請求の審理中に裁判所によって当該特許の有効性が検討されなければならない — に照らし、予備的差止めを命ずることは禁じられる。
すなわち、予備的差止め命令が認められるためには、当該特許がEPOにおける異議申立てまたは抗告手続きの決定あるいはドイツ連邦特許裁判所における無効訴訟の判決により、侵害被疑製品に対する当該特許の保護(有効性)が確認されている必要がある。」
しかし、この判例法はEU法、とりわけ指令2004/48第9条(1)に反する可能性があると考え、地裁は手続きを停止し、以下の問題について欧州司法裁判所(CJEU)に付託することにした。
暫定的救済手続きにおいて最終審となるドイツ高等裁判所が、訴訟対象特許の有効性が異議申立て手続きまたは無効訴訟の第一審において確認されない限り、原則として特許侵害に対する暫定的救済を認めないことは、指令2004/48第9条(1)に反しないのか。
[CJEU判断]
当裁判所に付託した問題において、ミュンヘン地裁は実質的に以下のことを問うている。
「少なくとも異議申立て手続きまたは無効訴訟における第一審の決定/判決により当該特許の有効性が確認されていない限り、特許侵害に対する暫定的救済の申請は原則として却下すべきとする国内判例法は、指令2004/48第9条(1)により排除されると解釈すべきか。」
第一に、指令2004/48第9条(1)は、権限ある司法機関が申請を受けた場合、知的財産権の差し迫った侵害を回避すべく、侵害被疑者に対し予備的差止め命令を発することができるよう各加盟国は確保すべきとしている。したがって、9条(1)(a)は、指令2004/48リサイタル(説明部)17、22と併せ読むと、各加盟国が国内法において、個々の事案固有の事情を検討のうえ、第9条の条件に従いつつ、適切な権限を持つ司法機関が暫定的救済を採用できるようにすることを求めているといえる。
第二に、9条(1)(a)を指令2004/48リサイタル22と併せ読むと、国内法に基づく暫定的救済は、本案判決を待つことなく、知的財産権の侵害が即座に停止されることを可能にしなければならない。とりわけ、権利保有者が遅延により回復不能の損害を受けかねないような場合に、暫定的救済は正当化される。したがって、知的財産権の効果的な行使の目的上、「時間」要素はとりわけ重要になる。
(中略)
ここで銘記すべきは、欧州特許は特許付与公告の日をもって有効性の推定を享受するということである。すなわち、公告日以降、欧州特許は、とりわけ指令2004/48で保障された全範囲の保護を享受するのである。
(中略)
今回付託された問題に対する有用な回答を導くうえで銘記すべきは、以下のことである。
国内法を適用するに当たり、国内裁判所は、関連する指令が求める結果を達成し、それによりEU機能条約(TFEU)第288条第3段を順守すべく、同指令の文言と目的に照らし、法の全体系を考慮し、そこで認められた解釈法を採用することが要求されるということだ。…… EU法に準拠して国内法を解釈するという要件は、確立された判例法が指令の目的と整合しない国内法解釈に基づくものである場合、国内裁判所がその判例法を変更する義務を含む。
よって、本件付託裁判所(ミュンヘン第一地方裁判所)は、指令2004/48第9条(1)に完全なる効果を与えるべく、国内判例法が同条と整合しない場合は、自ら同判例法の適用を拒否しなければならない。
以上に鑑み、付託された問題に対する当裁判所の回答は、以下の通りとなる。
指令2004/48第9条(1)は、訴訟対象特許の有効性が少なくとも異議申立て手続きまたは無効訴訟における第一審の決定/判決で確認されない限り、原則として特許侵害に対する暫定的救済を認めない、とする国内判例法を排除するものと解釈されなければならない。
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ドイツにおいては特許権侵害と有効性の審理が分離して行われる(bifurcation)ことの弊害のひとつとして、「差止めギャップ(injunction gap)」というものがしばしば指摘されます。連邦地裁で侵害判決が下され、差止め命令が出された後、数ヵ月から1年経ってから連邦特許裁判所の無効判決が出るという問題です。2021年の特許法改正により、訴訟が並行する連邦地裁と連邦特許裁判所が連携することでギャップを埋める措置がとられました(特許法第83条)が、本件で扱われた予備的差止め救済の問題もまた、この分離制度が根本的な原因となっています。
いずれにせよ、今回のCJEU判決により、連邦特許裁判所やEPOの判決/決定が予備的差止め命令の判断においてまったく関係がなくなったわけではなく、あくまで有効性判決/決定が前提になるという要件が否定されたということです。今後のこの判決がどのように適用されてゆくのか、ドイツのみならず、他のEU加盟国、さらに間もなく動き出す予定の欧州統一特許裁判所(UPC)においても、注視する必要がありそうです。