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2022.12.09
営業推進部 飯野
本コーナー2022年締めくくりのトピックもSEP(標準必須特許)関連をとり上げます。いまや米国よりプロパテント(プロSEP保有者)の傾向が強いといわれるヨーロッパ、とりわけドイツとイギリスの裁判所が有名な判決を相次いで下していますが、今回はイギリスの控訴裁判所(「控訴院」)判決を紹介します。(Optis v. Apple, England and Wales Court of Appeal, 10/27/2022)
なかなかライセンス契約が成立しない実施者との交渉過程において、SEP保有者に認められるべき差止め救済のタイミングが主な争点となっており、「ホールドアップ」「ホールドアウト」という語も頻繁に出てきます。
以下、事案概要と判決の一部を紹介します。
【事案概要】
2019年2月、Optis Cellular Technology LLC., Optis Wireless Technology LLC.他(以下 ”Optis”)は、Apple Retail U.K. Limited, Apple Inc.他(以下「アップル」)が販売するiPhone, iPadなどが3G, 4G規格に関するOptisの8件の欧州特許に侵害するとして英国高等法院(High Court of Justice)にアップルを提訴した。8件の特許は標準化団体であるETSIのIPRポリシーに基づきFRAND宣言がなされている。
2020年2月5日、高等法院は以下の通り、争点ごとに分けた審理(Trial)を行うこととした。
・Trial A ~ D 「技術審理」 特許有効性、必須性、侵害有無について扱う審理
・Trial E 「FRAND審理等」 … FRAND条件、競争法、差止め救済他
2020年7月13日、Optisは修正訴状を提出し、以下を主張した。
「AppleはOptisのFRAND宣言を行使する資格を永久に失った。ゆえに無条件の差止め命令を求める」 予備的に、「仮に資格があるとしても、FRANDライセンスを受けるまでは差止め命令を求める」
(この後、修正訴状の請求に対する審理(Trial F)期日が2021年7月に設定され、実施された。)
2021年4月、Optisの特許EP(UK)2,229,744(“EP744”)に関するTrial Bが実施され、特許の有効性、必須性、アップルによる侵害が高等法院により認定された。(2022年6月13日、アップルの控訴は棄却された)
2021年10月5日、Trial Fを経て高等法院は以下の命令を下した。
「OptisのETSIに対するFRAND宣言にアップルが依拠したい(侵害請求に対するFRAND抗弁をしたい)のであれば、FRAND審理(Trial E)で裁判所がFRANDと判断する条件のライセンスを受けることを約束しなければならない。」 10月25日、高等法院はアップルがライセンスを受ける約束をしたため、差止め命令の請求を却下した。
アップルは10/5命令を不服として控訴院に控訴。Optisも控訴した。
2022.10.27 控訴院判決 – 控訴棄却、原判決確認
【争点】
後に裁判所によって判断されるFRAND条件下のライセンスを受けることを実施者が約束しない場合、SEPの有効性、必須性、侵害が認定され次第、差止め命令は認められるべきか。*本件判決日現在(2022.10.27)、Trial E(FRAND審理)の判決は下されていない。
[アップルの主張]
裁判所がFRAND条件について決定した(has determined)後、実施者がその条件に基づきライセンスを受けるか否か判断する機会を得るまで、差止め命令は認められるべきではない。
[Optisの主張]
裁判所によりFRANDと判断される(to be determined)条件に基づくライセンスを受けることを実施者が約束しないならば、特許権者は即座に無条件の差止め命令を得ることができる。
[原審(高等法院)の判断]
いずれの主張も誤りである。正しい答えは以下の通り。
実施者が後に裁判所によってFRANDと判断される条件に基づくライセンスを受けることを約束しない限り/約束するまで、差止め命令が認められる(いわゆる「FRAND差止め」=実施者が裁判所により既にFRANDと「判断された条件のライセンスを受けない限り」ではなく、裁判所によりFRANDと「判断される条件のライセンスを受けることを約束しない限り」、差止め命令が下される)。
【控訴院判決】
控訴院は、標準規格や必須特許、標準化団体によるIPRポリシーの意義など基本をおさらいしたうえで、アップルとOptisの主張の分析、ETSIのIPRポリシー(6.1条)の解釈などをし、最終的に両者の控訴を棄却し、原審判決を支持しました。
ここで判決の要点を整理することは難解なため、以下、判決文中の興味深い判示事項をいくつか抽出します。
Par.7 「FRAND条件下のSEPライセンスに関するIPRポリシーを十分に機能させるために、回避すべき二つの潜在的邪悪(potential evils)が存在する。一貫したターミノロジーがあるわけではないが、一般に「ホールドアップ」「ホールドアウト」として知られている。「ホールドアップ」は、標準に組み込まれたSEPを実施者が実施することで、特許権者が差止め命令の脅威を使い、とりわけ合理的市場価格を超えたロイヤルティレートといったライセンス条件を要求することを可能にする場合に生ずる。「ホールドアウト」は、実施者が、合理的市場価格のライセンス料を支払うことなくSEPでカバーされる技術ソリューションを実施できる場合に生ずる。
FRAND宣言とは、実施者に対して侵害請求に対する抗弁を与えることによりホールドアップを回避することを可能にし、一方で特許権者はFRANDライセンスを受けないSEP侵害に対する差止めによりホールドアウトを回避できるようにすることを意図している。ホールドアップとホールドアウトの回避は、適切に機能する紛争解決システムの存在にかかっている。……」
Par.13 – 15
「両当事者間の真の争点は、本件特許ポートフォリオのライセンスにおけるFRAND条件であるが、実施者にとって、可能であれば、選択された特許の有効性、必須性、侵害について争うことが望ましい。特許権者が、少なくとも1件の特許について、有効性、必須性および実施者による侵害を立証できない限り、特許権者は差止め命令を得ることができず、ゆえに実施者によるホールドアウトを阻止することができなくなる。
このことは二つの問題につながる。ひとつは、効率的な訴訟手続きの問題だ。すべての争点を一つの審理で行うことは困難なため、争点ごとに分離した審理を行うことになる。… 現在の高等法院のプラクティスでも「技術審理」と「FRAND審理」に分けて行われる。本件においてもこれが行われている。
二つ目の問題は、第一の問題に伴って発生する。裁判所がFRAND条件について決定する前に、実施者が有効で必須性のある特許を侵害したと認定された場合、何が起こるか。両当事者が、後にFRANDと判断される条件に基づきライセンス契約を締結する用意があれば問題はない。しかし、SEP保有者にその意思があっても、実施者にその意思がない場合はどうなるのか。これこそ本件控訴の核心論点である。」
Par.66 – 67
「…アップルは、本件を、有効性、必須性および侵害の認定とFRAND条件の決定との間の『暫定的』位置づけに関するものであり、ホールドアウトの形態とは異なるものと性質づけるが、原審では、年をとってゆく(年々残存期間が減る)財産権に対する特許権者の実施的権利喪失に係るものと指摘している。」
Par.115 後書き(Postscript)
「本件控訴は、SEP/FRAND紛争解決に向けた現行システムの機能不全状態を改めて示すものといえる。EP744号の侵害が認定された後も、裁判所が決定するライセンスを受ける約束をせずに控訴するアップルの行為は、一種の「ホールドアウト」を構成するものと十分に主張し得よう(実際にアップルの行為がホールドアウトに該当するかは Trial Eにおいて決定される問題だが)。一方、無条件の差止め命令が認められるべきとするOptisの主張も、「ホールドアップ」を導きかねない。
いずれの当事者も、自らに有利になるような裁判制度利用の駆け引きを行っている。
このような行為を制止する方法はただひとつ、ETSIのような標準化機関が、このような紛争に対し法的に効力ある仲裁をIPRポリシーの一部に盛り込むことだ。」
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以上、触り部分と後書きのみの抽出となってしまいましたが、ご関心のある方は是非原文でご確認ください。