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2024.01.17

営業推進部 飯野

【Cases & Trends】欧州統一特許裁判所(UPC)初期判例紹介 – 100%子会社でも訴訟上の「同一当事者」にはならず

2023年グローバル知財重大トピックスの上位に入るものといえば、欧州統一特許制度の実現がまず挙げられると思います。本コーナーでも何度かとり上げた通り、2023年6月1日に統一特許裁判所(UPC)協定が発効し、UPCでの特許訴訟が開始され、EPOにおける単一効特許の申請が可能になりました。

UPCが2023年12月21日に公表したデータによれば、6月1日以降の6ヵ月余りの間に受理した案件は160件。内訳は以下のとおりです。*(1)
・保護措置申請18件(仮差止め申請13件、証拠保全申請5件)
・侵害訴訟67件(ミュンヘン地方部23件、マンハイム11件、デュッセルドルフ11件、パリ7件、ノルディック・バルチック地域部4件他)/特許無効の反訴 48件(ミュンヘン地方部 24件)
・無効訴訟24件(ミュンヘン中央部4件、パリ中央部20件)

現時点では侵害有無や有効性に関する本案判決は出ていませんが、裁判管轄、仮処分(差止め命令)の認否、訴状添付書類と送達日の関係、オプトアウト取り下げ(オプトイン)の要件、訴訟言語の変更などを争点とする、新たな制度ならではの興味深い裁判所決定や命令が出されています。*(2) 欧州の弁護士などによれば、これまでのところUPCの決定・命令は明確で論理的であり、かつ迅速に公開されているとして好評のようです。もちろん、なかには疑問符がつくものや今後控訴審の判断がどう出るか要チェック、とされるものも出てきています。そこで今回は、要チェックとされている裁判所命令のひとつを紹介します。

Meril Italy srl v. Edwards Lifesciences Corporation
UPC第一審裁判所(パリ中央部) 無効訴訟
対象特許:EP3646825(A SYSTEM COMPRISING A PROSTHETIC VALVE AND A DELIVERY CATHETER)
2023.11.13裁判所命令 被告による予備的異議を却下 *(3)

事案の概要
2023年8月4日、Meril Italy srlは、Edwards Lifesciences(以下「エドワーズ」)が保有する欧州特許EP 3646825号(以下「’825特許」)の無効を主張してUPCパリ中央部に提訴した。それに先立つ同年6月1日、エドワーズは ‘825特許の侵害を主張して、Meril Italy srlのグループ親会社であるMeril Lifesciences Pvt Ltd.(以下「Merilインド」)と独法人Meril GmbHをUPCのミュンヘン地方部に提訴していた。

2023年9月14日、無効訴訟において被告エドワーズは、同一特許に関する同一当事者間の侵害訴訟がすでにミュンヘン地方部に係属中であると主張し、UPC協定第33条4項に基づきパリ中央部の管轄権を不当とする予備的異議(Preliminary Objection)を提出した。

UPC協定第33条4項
「第32条1項(b)(非侵害確認訴訟)、第32条1項(d)(無効訴訟)は中央部に提起されるものとする。ただし、同一特許に関する同一当事者間の侵害訴訟(第32条1項(a))が地方部または地域部に提起されている場合、これらの訴訟は、同じ地方部または地域部にのみ提起することができる」

命令要旨
[UPC協定第33条4項 「同一当事者(same parties)」の範囲 文言解釈]
エドワーズは、「本件原告Meril Italyと、すでに提起されている侵害訴訟の被告Meril インドおよびMeril GmbHは実質的に同一の当事者であるため、この無効訴訟は、ミュンヘン地方部にすでに係属中の手続きの適正な管理に介入し、その進行を妨害することを目的としたUPC制度の濫用に該当する」と主張した。

UPC協定自体は、「当事者」について直接定義をしていないが、法的能力(legal capacity)に関する第46条は、「その国内法に従い訴訟を提起することのできるいかなる自然人または法人もしくは法人に相当する組織も、この裁判所(UPC)の手続きの当事者となる能力を有する」と定めている。また、「当事者」について規定する第47条では、「その国内法に従い訴訟を提起することができ、特許に関係を有する(concerned by a patent)他の自然人、法人または組織は、手続き規則に従い訴訟を提起することができる」と規定している(Art.47(6))…。

したがって、Meril ItalyがUPC協定上、当事者となる資格を有するか、すなわちMerilインドやMeril GmbHとは異なる当事者といえるかの判断においては、イタリア国内法を適用しなければならない……。イタリア国内法に照らし、Meril ItalyはMerilインドやMeril GmbHからは独立した経済主体であり、同一当事者ということはできない。

[UPC協定第33条4項 「同一当事者」の範囲 ブリュッセルI規則第29条の議論]
エドワーズは、1998年5月19日の欧州司法裁判所(CJEU)判決(Drouot assurances v. Consolidated metallurgical industries and others, C-351/96)を引用して、第33条4項の「同一当事者」は広く解釈されるべきと主張した。この事件は、EU加盟国間の国際裁判管轄と判決の承認・執行に関するブリュッセルI規則(Brussels Recast I)第29条の解釈に関するものである。

引用されたCJEU判決は本件とは異なる法律争点を扱うものであり、同判決で示された原則を本件に適用することはできない。実際、同事件における主要争点は、異なる訴訟が異なる締約国で提起された場合にどの国の裁判官が管轄権を有するのかということであり、そのための第29条解釈だった(同条は、「同一当事者間の同一訴訟原因に係る訴訟が、異なる締約国の裁判所に提起された場合、最初に訴えが係属した裁判所以外のいかなる裁判所も自らの管轄権行使を控えなければならない」旨を規定する)…。

本件には競合する管轄権の問題を扱うものではない。さらにUPC協定は、並行する手続きに対して適用される規定を有している — UPC協定第33条2項、4項、5項、6項および手続き規則(Rules of Procedure of UPC: RoP)295, 302,303, 340など。

[UPC協定第33条4項 「同一当事者」の範囲 「ペーパーカンパニー」理論]
エドワーズはさらに、本件原告Meril Italyはペーパーカンパニー(straw company)であり、独立の法的主体とはいえず、その行為は親会社に帰属すべきものであると主張した。具体的には、Meril ItalyはMerilインドの完全子会社であり、その役員・従業員もMerilインドの従業員として働いている。また、イタリアには独立のオフィスがなく、いかなる事業も行っておらず、2023年3月に会社の登記がされたところである。

ここで主張されているのは、財産がある人の名で偽って登記される、あるいは当該財産が別の人によって取得されるという合意または契約の法的効果が別の人に帰属するという合意のもとに偽りの契約が締結される、という状況である。企業がペーパーカンパニーとして行為していると判断されるためには、関連する法律行為やその効果が他の主体に帰属するという合意の存在が必要になる。本件においては、そのような合意がMeril ItalyとMerilインドの間に存在してたとする十分な証拠がない…。

Meril Italyが2023年3月に設立登記されたことについて、UPC協定の規定をすり抜け、エドワーズの特許を攻撃することを唯一の目的としてなされた疑いが強い、とエドワーズは主張する。これもまた十分な証拠があるとはいえない。第一に、2023年3月時点でエドワーズの特許がオプトアウトされないとする証拠がない。第二に、イタリアでの子会社設立が効果的事業計画の一部であったことを排除するような要素が存在しない…。

また、この結論は、EPO拡大審判部の判例にも沿うものといえる。「異議申立人が誰か他者のために行為しているとしても、同申立て人の関与が手続き濫用による法の迂回とみなされることがない限り、完全に否定すべきこととはならない」(EBOA EPO 21 Jan. 1999, G-3/97 and G-4/97)

[UPC協定第33条(4)「同一当事者」の範囲 統一的司法管理に基づく議論]
エドワーズはまた、「同一当事者」を広く解釈することはUPC協定の意図に沿う、すなわち、統一的な司法管理を実現し、裁判所間の判断の食い違いを回避することになると主張する。予備的異議が退けられれば、Merilグループは本件特許に対し異なる地区(ミュンヘン地方部とパリ中央部)で二重の特許攻撃が認められることになり(ミュンヘンでの侵害訴訟でMerilグループが無効の反訴を提起した場合)、UPC協定第33条の規定を不当に迂回し、損ねることになりかねない…。

この主張には同意できない。既に述べた通り、UPC協定と手続き規則はUPCの異なる地区で並行訴訟が行われた場合の懸念される状況に対処する規定を用意している。

同一特許だが当事者が異なる侵害訴訟と無効訴訟の並行手続の場合、侵害訴訟が提起された裁判所は手続きを停止することができる(295(m) RoP)…。本件でエドワーズが懸念するような二重攻撃の状況については、UPC協定第33条3項が対応している。すなわち、そのような状況において地方部は、侵害訴訟と無効の反訴に対応する代わりに、無効反訴に対する判断を中央部に付託し、侵害訴訟を停止するか遂行する、あるいは、両当事者の合意のもと、事件自体を中央部に付託することができる。

地方部のこのような裁量権行使により、UPCの二つの地区が同一争点について判断し、競合他社が同一特許に対する二重(あるいはそれ以上の)攻撃することを回避ことが可能になる…。他にエドワーズが示した「デフォルトで分離審理(bifurcation by default)」になりかねないという懸念に対しても同様のことが言える…。

以上の理由により、エドワーズによる予備的異議は却下する。

—————–

パリ中央部は上記の通り、第33条4項の「同一当事者」を狭く解釈しました。それにより、「特許侵害を提起された被告は子会社を活用することにより二重の有効性攻撃(侵害訴訟における無効反訴と子会社による無効訴訟)をすることが可能になるのではないか」、また、それにより「結局は侵害訴訟と無効訴訟の分離システムが一般化してしまうのではないか」、という懸念の声もでています。*(4)今後の展開が注目されます。

注:
1) “Case load of the Court during 2023” UPC December 21, 2023
https://www.unified-patent-court.org/en/news/case-load-court-during-2023
2)Decisions and Orders | Unified Patent Court (unified-patent-court.org)
3) ORDER of the Court of First Instance of the Unifed Patent Court Central division (Paris seat) issued on 13 November 2023
https://www.unified-patent-court.org/en/node/479
4) たとえば “THE PARTY SEASON IS UPON US BUT WHAT DOES A PARTY LOOK LIKE TO THE UNIFIED PATENT COURT?” Gordon Harris, GOWING WLG, 12/20/2023

本判例を含むUPCの注目判例や特許訴訟の最新動向を動画でも紹介していますので(YouTube「NGB知財チャンネル」)、こちらも是非ご覧ください。動画では侵害訴訟や無効訴訟の調べ方や裁判所判決・命令の原文入手方法も紹介していますので、皆様が自身で提訴情報をアップデートし、判決の詳細を確認することも可能です。
https://youtu.be/FiKvSx58hL0

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