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2024.05.14
営業推進部 飯野
2023年6月1日に始動した欧州統一特許裁判所(UPC)も、間もなく1年を迎えます。まずはUPCが5月2日に公表した2024年4月末までの訴訟件数をみてみましょう。
“Case load of the Court since start of operation in June 2023 – update end April 2024” *1
1)第一審裁判所(Court of First Instance) 全341件受理
・暫定措置申請30件(仮処分申請24件、証拠保全申請5件)
・侵害訴訟123件(ミュンヘン地方部46件、デュッセルドルフ25件、マンハイム16件、パリ10件)
・特許無効の反訴 153件*
*無効反訴は侵害訴訟の各被告が提起するため、複数被告の場合件数が多くなります。
・無効訴訟32件(ミュンヘン中央部4件、パリ中央部28件)
2)控訴裁判所(Court of Appeal)
・手続き規則220.1(a)または(b)に基づく控訴(第一審終局判決またはいずれかの当事者に対する手続き終結決定に対する控訴) – 3件
・手続き規則220.1(c)に基づく控訴(暫定手続きにおける命令他に対する控訴) – 11件
3)手続き言語(第一審)
・英語(全手続きの48%)、ドイツ語(同45%)、フランス語(同3%)、イタリア語(同3%)
*UPC開始当初こそ、圧倒的に多いドイツの裁判所でドイツ語が使われることが多かったですが、いまではドイツ裁判所でも英語が使われるケースが増えているようです。また、手続き言語を別言語から英語に変更することを求める被告の申請が、裁判所によって認められるケースも複数みられます。
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さて、今回紹介する判例は標題の通り、オプトアウトの取り下げ(オプトイン)の有効性をめぐる訴訟に関するものです。保有している欧州特許について「訴訟が提起された場合、UPCの管轄になる(とりわけ無効訴訟で「セントラルアタック」を受ける)リスクは回避したい」ということでUPC管轄の適用除外(オプトアウト)を申請している企業は少なくないと思います。一方、当初は様子見でオプトアウトしていたが、広域に及ぶ侵害行為に対し各国別ではなくUPCでまとめて提訴(セントラルエンフォース)したい、という理由もあってオプトアウトを取り下げ、UPCを利用しようとする動きも出てきているようです。
今回紹介するケースも、一度申請したオプトアウトを取り下げてセントラルエンフォース(UPC訴訟)を開始しようとしたものの、オプトアウト取下げの有効性が認められず訴えが却下されたという事件です。中間の手続き争点ではありますが、今後の実務上、注視すべきケースだと思います。
AIM Sport Development AG v. Supponor OY et al.
Court of Appeal of UPC, ORDER 26 April, 2024
[事案の概要]
2023年5月12日、原告AIMは、同社の特許EP3295663(”DIGITALLY OVERLAYING AN IMAGE WITH ANOTHER IMAGE” 以下「EP663」)についてオプトアウト申請をした(UPC協定が発効する2023年6月1日前3ヵ月のサンライズ期間中の申請)。
2023年7月15日、AIMはEP663のオプトアウト申請を取り下げると同時に、被告Supponorに対するEP663侵害訴訟をUPCヘルシンキ地方部(第一審裁判所)に提起。併せて同特許侵害差止めの仮処分申請を同地方部に提出した。
2023年10月20日、ヘルシンキ地方部は、当該オプトアウト取下げは無効であり、ゆえにUPCは本件に対する管轄権を有さないとして、AIMによる仮処分申請、侵害訴訟(本案訴訟)ともに却下する決定を下した*2。
UPC協定 第83条(4) は「当該欧州特許/出願がすでに国内裁判所において提訴されていない限り、前項に基づきオプトアウトを選択した者は、何時であれオプトアウトを取り下げることができる」と規定しているが、EP663については2023年6月1日現在、すでにドイツ国内の侵害訴訟と無効訴訟が係属中であった。AIMは、「UPC協定83条(4)は、UPC協定発効後に提起された国内訴訟のみを対象とすべき」という主張したが、退けられた。
ヘルシンキ地方部の決定書末尾には、「控訴に関する情報」として、「この決定は当裁判所の終局判決であり、本決定の送達後2ヵ月以内に控訴することができる」と記されていた。
2023年12月20日、AIMは控訴状(Statement of Appeal)を提出。控訴状においてAIMによるオプトアウト取下げは有効であること、ゆえにヘルシンキ地方部による仮処分申請および侵害訴訟の却下は破棄・差戻しとすべきことをAIMは請求した。
[控訴期限をめぐる齟齬]
UPC手続き規則によれば、本案判決(decision)に対する控訴期限は判決の送達から2ヵ月以内(手続き規則224.1(a))だが、仮処分申請を含む暫定措置申請手続きにおける命令(order)に対する控訴期限はその送達から15日以内とされている(手続き規則224.1(b))。ヘルシンキ地方部の主任裁判官は、本件控訴が受理されるべきか否か、両当事者の協議機会を設けたが見解が割れたため、控訴裁判所の判断に委ねた。
[控訴裁判所判断] 2024.4.26 *3
「ヘルシンキ地方部の決定は実質的にひとつのものであり、2ヵ月以内に提出された本件控訴状は受理されるべき」というAIMの主張には同意できない。暫定措置手続きと侵害訴訟(本案訴訟)手続きとは、別個の異なる手続きであることはUPC協定にも明記されている…。
ただし、本件第一審の行為(仮処分申請と侵害訴訟に対しひとつだけの決定書を発行。控訴情報における2ヵ月期限のみの記載)が招いた誤解は、救済されるべき例外的事態に相当する…。
したがって、本件に限り、AIMによる控訴を受理する。
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このとおり、AIMによる控訴はなんとか受理されました(ただし控訴裁は、本件によりそれぞれの控訴期限について明確に示されたため、今後は同様の控訴期限ミスがあったとしても、救済されないことを明記しています)。
とはいえ、AIMのオプトインが認められるか否かの争いは、これからが本番です。これはAIMだけの問題ではありません。欧州特許について各国訴訟を展開中で、すでにオプトアウト済みの特許は数多く存在します。やはりUPCを利用しセントラルエンフォースしよう、と考える特許権者はオプトインが可能なのか、逆にオプトイン後の特許で提訴された被告はオプトイン無効を理由に反撃できるのか、控訴裁判所の判断が注目されます。
注)
1) UPC公表訴訟データ https://unified-patent-court.org/en/news/case-load-court-start-operation-june-2023-update-end-april-2024
2) ヘルシンキ地方部決定 https://unified-patent-court.org/en/node/458
3) 控訴裁判所命令 https://unified-patent-court.org/en/node/674