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2024.06.06
営業推進部 飯野
これまで欧州統一特許裁判所(UPC)判例や訴訟動向についての紹介が続きましたが、今回は久々に米国判例を紹介します。いまや米国特許侵害訴訟において切り離すことのできないIPR(inter partes review)手続きに関する判例、とくにIPR手続きと弁護士費用の回復(敗訴者負担)に関する興味深い判例です。
米国は基本的に勝っても負けても訴訟費用は各自負担というルールですが、事案が「例外的」と認定された場合、勝訴当事者は弁護士費用の回復(敗訴当事者による負担)が認められることとされています(米特許法第285条)。今回の事件は、この弁護士費用の回復規定が、裁判所手続きだけでなく、IPR手続きにも適用されるか否かが争われたものです。
Dragon Intellectual Property LLC v. DISH Network L.L.C.,
Fed.Cir. 5/20/2024
[事案の概要]
2013年12月、Dragon Intellectual Property LLC(以下「ドラゴン」)は、DISH Network L.L.C.(以下「DISH」)、Sirius XM Radio Inc.(以下「SMX」)、他8社(Apple, Inc., AT&T Services, Inc.他)による米国特許5,930,444号(以下「444特許」)の侵害を主張して、デラウェア地区連邦地裁にそれぞれ別個に提訴した。
2014年12月、DISHは444特許に対するIPR(inter partes review)を米特許庁に申請した。
2015年7月17日、特許審判部(PTAB)はIPRの開始を決定した(その後、SMXもIPR手続きに加わった)。 地裁は、DISHとSMXについてはPTAB決定が出るまで訴訟手続きを停止し、他の8被告についてはクレーム解釈ヒアリングを継続した。
2015年9月14日、地裁がクレーム解釈命令を出した後、ドラゴン、DISH、SMX、他8被告は、それぞれの被疑侵害製品について非侵害とする合意(stipulation of noninfringement)に至った。
2016年4月27日、地裁は、クレーム解釈命令と当事者間の合意に基づき、非侵害判決を下した。
2016年6月15日、IPR手続きにおいてPTABは、すべての対象クレームに特許性なしとする最終書面決定を下した。
2016年8月、DISHとSMXは、米国特許法第285条に基づく弁護士費用の回復を地裁に申し立てた。
この後、ドラゴンは、地裁による非侵害判決とPTABによる最終書面決定を不服として、連邦巡回控訴裁判所(以下「CAFC」)に控訴した。
2017年11月1日、CAFCはPTABの最終書面決定を支持するとともに、地裁判決に対する控訴を「実益なし(moot)」として却下した。
2018年9月27日、地裁は非侵害判決を「実益なし」として取り消したが、DISHとSMXによる弁護士費用申立てに対する管轄権を維持した。
2018年11月7日、地裁はDISHとSMXによる弁護士費用の回復申立てを却下した。地裁はDISHとSMXがドラゴンに勝訴したことは認めたが、いずれも「本案手続きでの現実の救済(actual relief on the merits)」が認められたわけではないため勝訴当事者(prevailing party)に該当しない、と述べた。さらに地裁は、「(PTABという)別の法廷(forum)で勝訴しても、連邦地裁における弁護士費用回復の根拠にはならない」と指摘した。DISHとSMXは却下命令を不服としてCAFCへ控訴した。
2020年4月21日、CAFCは地裁の却下命令を破棄・差し戻した。
差戻し審において、地裁は、本件を「例外的ケース」と認定し、DISHとSMXが訴訟に費やした時間の範囲において285条の弁護士費用回復を部分的に認めた。一方地裁は、IPR手続きにおいてのみ発生した弁護士費用の回復やドラゴンの弁護士に対し直接回復請求することは認めなかった。
ドラゴン、DISH、SMXはいずれもCAFCに控訴した。
[判決要旨]
– 例外的ケース –
特許法第285条は、連邦地裁が、「例外的ケース(exceptional cases)」において勝訴当事者の弁護士費用の回復を認めることができる、としている。
本件地裁は、ドラゴンによる侵害主張の実質的弱さを根拠に本件を例外的と判断した。具体的には、いかなる被疑侵害製品の侵害認定も排除するような明確な出願経過ディスクレーマーの存在、ドラゴンが侵害訴訟を提起する前に被疑侵害製品の侵害を否定する情報が入手可能な状態だったこと、訴訟提起後にDISHとSMXが非侵害についてドラゴンに通知していること、自身の侵害主張における客観的根拠の欠如を知らされた後もドラゴンが訴訟を続行したこと、などが認定された。… 地裁が本件を「例外的ケース」と判断したことにおいて、ドラゴンが主張するような裁量権の濫用は認められない。
– IPR手続きで発生した費用の回復 –
DISHとSMXは、IPR手続きこそ本件の要であり、IPR手続きが選択的な(optional)性質をもつということを理由にIPR費用が否定されることにはならないと主張した。
この主張には同意できない。DISHとSMXは、地裁で無効主張する代わりにPTABでの並行手続きを自発的に遂行したのである。実際、その選択には有利な点がある。地裁の場合、「明確かつ説得力ある証拠(clear and convincing evidence)」により各特許クレームの無効性を立証しなければならない。PTABの場合、申請人は「証拠の優越(preponderance of evidence)」により特許性がないことを立証すればよい(35 USC §316 (e))。また、IPRの場合、審理開始(institution)から1年以内に手続きを終了させなければならないことを法が定めており(35 USC §316(a)(11))、数年を要しうる訴訟手続きに対し、迅速な代替手続きを提供している。これらの利点ゆえに、当事者はしばしばPTABにおいて無効主張することを戦略的に選択するのである。
IPR申請人の大多数は、PTABへ申請する前に、他の裁判所で特許権者に提訴されている。当事者がIPR手続きを通じて有効性を争うことを自発的に選択する場合、当裁判所は、285条に基づきIPR費用の回復を認める根拠を見出しえない。
反対意見(Bencivengo判事)は、DISHとSMXによるIPR手続き参加を「自発的」と性質づけることを問題視するが、DISHとSMXはPTABにおける無効主張を強制されたわけではない。実際、他の8被告はIPR申請をせずに、地裁で争い続けているのである…。
DISHとSMXはまた、IPRが285条でいう「ケース(cases)」に該当しないと地裁が結論したことが誤りであると主張する……。
この主張も受け入れられない。地裁は、提起された訴訟に長期にわたって接するがゆえに、自身に付された事案が「例外的」か否かを判断する、とりわけよいポジションにいるといえる。285条でいう「ケース」がIPR手続きも含むとなれば、地裁判事は、自身が関わっていない手続きにおける議論、行為、態度の例外度合について評価する作業を課されることになる…。事実、本件地裁は、ドラゴンの地裁における訴訟上の立場(実質的弱さ)および明確な出願経過ディスクレーマー認定に基づいて本件を例外的ケースと決定した。この例外性決定の根拠は、並行するPTAB手続きとは全く関係がない。
以上の理由により、特許法第285条は自発的に遂行された並行IPR手続きにおいて生じた費用の回復を認める、というDISHとSMXの主張を退ける。
[反対意見]
*本件を担当したCAFCのパネル(3人判事の合議体)は、Moore裁判長、Stoll判事、および本件担当を任命された(sitting by designation)カリフォルニア南部地区連邦地裁のBencivengo判事です。
Bencivengo判事は、本件IPR手続きを「自発的」および地裁訴訟との「並行」手続きと性質づけ、特許法第285条の費用回復対象外とした多数派の意見に異論を唱え、以下のような反対意見を提出しています。
DISHとSMXは自発的にIPRを選択したわけではない。ドラゴンによる根拠なき侵害訴訟を受け、その特許の有効性を争うことを余儀なくされたがゆえに、特許無効の積極的抗弁をIPRで争うという法定の選択権を行使したのだ。……地裁はまた、自身が関わっていないIPR手続きに基づき例外的ケース認定をすることの困難さを指摘するが、本件には当てはまらない。DISHとSMXは、IPRの結果に基づき例外的ケース認定を求めているわけではない。地裁は、最初から客観的根拠に欠ける訴訟という判断に基づいて例外的ケース認定をしている。
DISHとSMXは、この根拠なき訴訟への防御に対する補償として、彼らが勝利したIPR手続き費用の回復を請求している…。ドラゴンによる根拠なき侵害訴訟がなければ、このようなIPR費用は生じえなかったものだ。このような状況においても、一律にIPR費用の回復を排除することは、第285条の規定およびIPRの立法趣旨に反することになりかねない。
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専門家(弁護士や法学教授)のなかには、Bencivengo判事の反対意見の方が説得力あるとする意見もあります(本稿では反対意見をかなり端折って紹介しているので原文をご確認ください)。
DISHとSMXがこのパネル判決を不服として大法廷再審理(rehearing en banc)を請求するのか、請求は受理されるのか…、今後の展開を追っていきたいと思います。
→ CAFC判決原文:https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1621.OPINION.5-20-2024_2320138.pdf