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2024.07.08

営業推進部 飯野

【Cases & Trends】欧州UPC始動後1年、相次ぐ本案判決 – 7カ国対象の永久差止め命令(7/3) 、17カ国すべてで特許取り消し(7/4)

2023年6月1日の始動から1年、正確には13カ月を経て、欧州統一特許裁判所(Unified Patent Court: UPC)が、特許の侵害や有効性に関する本案判決を相次いで下しました。
第1号は、ドイツ浴槽メーカー間の侵害訴訟Franz Kaldewei GmbH & Co. KG v. Bette GmbH & Co. KGです。2024年7月3日、第一審のデュッセルドルフ地方部は被告Betteによる侵害を認定し、7カ国(オーストリア、ベルギー、デンマーク、フランス、イタリア、ルクセンブルク、オランダ) を対象とする永久差し止め命令を下しました*1)。
第2号は持続性血糖測定器(Continuous Glucose Monitoring: CGM)を製造販売する米企業間の侵害訴訟 DexCom, Inc. v. Abbott Laboratories et al.です。2024年7月4日、 第一審のパリ地方部はDexComの侵害訴訟に対し特許無効の反訴を提起したAbbottの主張を認め、現時点でのUPC協定批准国17カ国すべてにおいてDexComの対象欧州特許を取り消す判決を下しました*2) 。
以下、完全なセントラルアタック(central revocation)が現実となったDexCom事件を少し詳しくみていきます。この事件には同一の欧州特許をめぐりUPC訴訟と並行するドイツ国内訴訟との管轄権の扱いなど、興味深い争点が含まれています。

DexCom, Inc. v. Abbott Laboratories et al.
UPCパリ地方部判決 2024.7.4

[事案の概要]
米法人DexComと米法人AbbottおよびAbbottの各国法人は世界中でCGMをめぐる特許訴訟を展開している。2023年5月9日、DexComは同社保有の欧州特許EP3435866B1(以下”EP866“)におけるドイツ特許の侵害を主張して、ドイツ国内裁判所であるマンハイム地区裁判所にAbbottとAbbottドイツ法人を提訴した。これに対しAbbottらはドイツ連邦特許裁判所に無効訴訟を提起している。
同年7月7日、DexComはUPCパリ地方部にAbbottとAbbott各国法人を提訴し、UPC協定批准済の17カ国における侵害行為に対する損害賠償や差止め救済を求めた(ただし、すでにドイツ国内の裁判所で訴訟をしているAbbottとAbbottドイツ法人による侵害行為は請求から除外した)。
同年11月13日、AbbottとAbbott各国法人は答弁書とともに特許無効の反訴をパリ地方部に提出した。これに対しDexComは、Abbottらの答弁書と無効反訴に対する反論書を提出するとともに、対象特許を補正する予備的請求(auxiliary requests)を提出した。

[判決要旨]
特許無効の反訴に関するUPCの管轄権
DexComは、AbbottおよびAbbottドイツ法人に対してはEP866ドイツ特許(German part of EP866)についてUPCに侵害請求していないこと、またAbbottらもすでにドイツ連邦特許裁判所に同ドイツ特許に対する無効訴訟を提起していることなどを理由に、UPCはEP866ドイツ特許について無効の反訴を審理する管轄権を有しないと主張する。
DexComによれば、本件UPC訴訟において、特許無効反訴の範囲は、侵害請求の範囲(そこではUPCと並行して管轄権を有する国内裁判所にすでに係属中の特定の侵害行為が、特定の被告について除外されている)と同一でなければならない。
当裁判所は、以下ふたつの理由によりDexComの主張は本件とは関係ないと判断する。
第一に、特許無効の反訴を提起しているのはドイツ国内訴訟を行っているAbbottおよびAbbott独法人だけでなく、フランス、ベルギー、オランダ法人他も含まれ、彼らはドイツを含むEP866の有効国すべてについて侵害請求されている。彼らがすべてのEP866有効国について無効の反訴をすることを阻止すれば、公正な審判を受ける原則に反することになりかねない。
さらに、特許無効という決定は対世効をもつ。フランス法の慣行において、極めて厳格な解釈の下、特許無効の反訴の範囲が侵害請求の本訴において主張された事項に限定される場合があるが、UPC手続き規則にそのような規定はない…。よって、DexComが自らの請求から特定の被告に対する特定の侵害行為を除外することを選択したという事実は、本件において何らの関係も有しない。

当裁判所(UPC)に提起される紛争の範囲は、当事者が紛争対象を定義するという原則によって定められることに争いの余地はない。これは、UPC協定第76条(1)でも明記されている法の一般原則であり、さらには、本訴の原告が、UPC協定83条に基づく移行期間中にUPCと国内裁判所で併存する管轄権の不便を回避するために、特定の侵害行為を除外することを認めるものでもある。しかしながら、この原則は、自身に権利主張された欧州特許の有効性に対する被告の争いを制限するものではない。そのような制限を明記する法文はないのである。

並行するドイツ国内裁判所手続きとの関係
Abbottらの主張にかかわらず、… 本件の状況は、規則(EU)No.1215/2012(EU加盟国間の国際裁判管轄と判決の承認・執行に関するブリュッセルI規則(Brussels Recast I))第30条(2)に該当する。すなわち、同じEP866を対象とし、本件訴訟の当事者中2当事者(DexComとAbbott GmbH)が関わる「関連訴訟」案件において、最初に訴訟係属した裁判所を優先し、自らの管轄権行使を控えるか否かは二番目に訴訟係属した裁判所の裁量による。
本件において、ドイツ連邦特許裁判所は、2024年3月26日に予備的意見を発行し、口頭弁論期日を2025年1月29日に設定した。この状況において、当裁判所の判決よりもドイツ国内裁判所の判決の方が遅くなるのは明らかであり、UPC協定前文4,7他で示された効率性の原則と迅速な判決という観点から、ドイツ並行手続きを優先させ、当裁判所の管轄権行使を控えたり、手続きを停止することは、適切な正義の管理に反すると考える。

以上の理由により、当裁判所はドイツ部分を含むEP866全体の有効性について判断する管轄権を維持することを決定した。
——–

上記の決定に続きUPCパリ地方部は、EP866の有効性について、認可時の特許とともに、DexComがドイツ訴訟中に提出した予備的請求(クレーム1を補正)についても検討し、いずれも有効性を否定しました。
これにより、DexComによる侵害請求は棄却され、EP866は有効化された17のUPC協定批准国すべてにおいて取り消される判決が下されました。

ちなみに、侵害が認定され、7カ国の永久差し止め命令が認められたFranz Kaldewei GmbH & Co. KG v. Bette GmbH & Co. KG事件では、原告Kaldeweiの特許は無効との判断を下されましたが、提出していた予備的請求により有効性が認められ、差止め救済を得られたということです(いずれの判決も、詳細は本稿末尾記載のUPCオフィシャルサイトで判決原文でご確認ください)。

以上、セントラルエンフォースが認められた案件(本案判決第1号)、セントラルアタックが認められた案件(本案判決第2号)をご紹介しましたが、いずれも第一審判決です。これらが今後控訴されるか否か、控訴された場合、控訴裁判所がどのような判断を下すかが注目されます。


1)https://www.unified-patent-court.org/en/node/896 (独語)
2)https://www.unified-patent-court.org/en/node/900 (英語)

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