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2024.11.18

営業推進部 飯野

【Cases & Trends】米最新判例:CAFCがSEP訴訟におけるASI(外国訴訟差止命令)判断基準を示す

久々にSEP(標準必須特許)関連の米国判例を紹介します。本コーナーで以前紹介したSEPトピックはこれです(『SEP論争最前線 — 中国裁判所の「禁訴令」、これに対抗する米国新法案「アメリカ裁判所防衛法」について』2022.4.5 https://www.ngb.co.jp/resource/news/3913/)。 中国の裁判所が当時SEP訴訟において乱発していた「禁訴令」についてとりあげました。そこでも書いた通り、禁訴令の本家は欧米であり、anti-suit injunction(ASI)/外国訴訟差止命令と呼ばれています。
今回のCAFC判決はまさに本家米国によるASIを扱う最新ケースです。エリクソンとレノボというSEP保有者同士のグローバル・クロスライセンス契約をめぐる訴訟において請求されたASIに対し、米国裁判所がどのような基準でその適否を判断するのか、見ていきたいと思います。

Telefonaktiebolaget LM Ericsson v. Lenovo (United States), Inc., CAFC 10/24/2024

[事案の概要]
本件は欧州の標準化団体European Telecommunications Standard Institute(ETSI)による5G無線通信標準、とりわけ同標準を実装するために必須であると宣言された特許(Standard Essential Patents: SEP)に関連する論争である。
ETSIはSEPの問題に対処するため知的財産権ポリシー(IPRポリシー)を有しており、同方針に基づきSEP保有者は公正・合理的・非差別的(fair, reasonable and non-discriminatory: FRAND)条件でライセンス供与する用意があることを宣言する(FRAND宣言)。
本件控訴人/被告レノボ、被控訴人/原告エリクソンはいずれもETSIメンバーであり、FRAND宣言をしている。両者ともに、FRAND宣言は契約であり、フランス法に準拠すること、いずれも同契約を他方に行使できることを認めている。また両者は、FRAND宣言にはSEPライセンスについて善意で交渉する義務が含まれることを認めている。

レノボとエリクソンは、それぞれが有する5G関連SEPのグローバル・クロスライセンスについて交渉を続けてきたが妥結に至らず、米国内外で訴訟が提起されることとなった。
2023年10月11日、エリクソンはレノボに対し最後のライセンス申し出をするとともに、ノースカロライナ東部地区連邦地裁に提訴した。訴状においてエリクソンは、レノボによるエリクソンの5G関連SEP4件の侵害、および善意の交渉をしないことによるレノボのFRAND宣言違反を主張した。さらにエリクソンは以下を請求した。
・エリクソンがレノボへのライセンス申し出においてFRAND宣言を遵守していることの確認判決
・仮にエリクソンの申し出がFRAND宣言に違反すると認定された場合、両当事者間のグローバル・クロスライセンスにおけるFRAND条件の裁定
2023年10月13日、レノボはエリクソンを英国で提訴し、両者間のグローバル・クロスライセンスのFRAND条件を決定するよう英国裁判所に求めた。その後レノボは、エリクソンのレノボ英国SEP侵害に対する差止め命令を請求している。

エリクソンは、2023年11月20日にコロンビア、翌11月21日にブラジルでレノボを提訴し、それぞれの国でエリクソンが保有する5G関連SEPの侵害を主張し、差止め仮処分を請求。同年11月27日にはブラジルで、12月13日にはコロンビアで差止めが認められた。
2023年12月14日、レノボはノースカロライナ東部地裁にエリクソンの訴えに対する反訴状を提出し、自身の特許に基づきエリクソンとほぼ同じ主張・請求をした。
2023年12月29日、レノボはノースカロライナ東部地裁に対し、エリクソンがコロンビアおよびブラジルにおいて差止め命令を執行することを禁ずる外国訴訟差止命令(ASI)を求める申立てを提出した。
2024年2月14日、地裁はASIを求めるレノボの申立てを却下。レノボはこれを不服として連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)へ控訴した。
― 原判決破棄・差戻し

[判決要旨]
これまで米国裁判所がASI請求を検討する際には、Microsoft Corp. v. Motorola, Inc.事件(696 F.3d 872(9th Cir. 2012))において連邦第9巡回区控訴裁判所が示した判断基準を使用してきた。本件当事者もこれに同意し、地裁もこの基準を用いて判断した。
Microsoft事件に基づく判断基準は以下の3部構成をとる。
1. 国内訴訟と外国訴訟における当事者と争点が同一であり、かつ国内訴訟が外国訴訟を解決するもの(dispositive)という前提要件を満たすか否か。
2. 以下いずれかのASI要件が適用されるか。当該外国訴訟が、(1)国内裁判所の政策を損ねるか否か、(2)訴権濫用的または抑圧的か否か、(3)国内裁判所の対物または準対物管轄権を脅かすものか否か、または(4)その他の衡平的要素を害するものか否か
3. ASIが国際礼譲(comity)に及ぼす影響が許容範囲内か否か。

本件地裁は、前提要件たる第一部「解決要件(dispositive requirement)」を満たしていないと結論し、他のパートは判断することなくレノボのASI申立てを却下した。地裁によれば、解決要件を満たすためには国内訴訟が両当事者のグローバル・クロスラスライセンスに帰結しなければならないが、本件は必ずしもそのような結論を導くものではない。… これはMicrosoft事件に対する地裁の誤った解釈によるものと考える。

Microsoft事件において、SEP保有者であるモトローラは、ETSIのFRAND宣言と同様の宣言(RAND宣言)をしていた。モトローラによるSEPライセンス申し出の後、マイクロソフトはモトローラが合理的条件を提示しないことによりRAND宣言に違反したと主張し、ワシントン西部地区連邦地裁に提訴した。マイクロソフトはまた、モトローラのSEPライセンスをRAND条件で受ける権利があることの確認判決を求めた。
米国提訴から6カ月後、モトローラはドイツで訴訟を提起し、マイクロソフトによるモトローラの欧州SEP2件の侵害を主張して、侵害に対する差止め命令を請求した。これに対しマイクロソフトは、ドイツ裁判所でモトローラが認められる(可能性のある)差止め救済の執行のみを禁止するASIを米地裁に申し立てた。
地裁は、両当事者から提起された争点に基づき、この訴訟はドイツ裁判所が欧州SEP侵害の差止めをマイクロソフトに発令できるか否かを解決するもの、と結論した。地裁はまた、このASIは「モトローラがドイツ裁判所から認められる差止め救済の執行を禁ずることに限定される」とし、「モトローラがドイツ訴訟で損害賠償を受けること、その他のドイツ手続きを進めることを禁ずるものではない」と述べた。
第9巡回区控訴裁は、マイクロソフトによる契約ベースの請求(RAND宣言により差止め救済が阻害されるという主張を含む)は、それについてマイクロソフト有利の判断が下されるならば、モトローラがドイツで得る差止め救済の執行に対する妥当性について決定するものとなる、として地裁の判断を支持した。
したがって、本件において、解決要件を満たすためには米国訴訟が必然的にグローバル・クロスライセンスに帰結するものでなければならない、とした地裁の判断は法的誤りといえる。ASIが外国訴訟における差止め争点のみを解決するものであっても、またその解決が、一方当事者の法または事実に関する見解が国内訴訟で有利に判断される可能性に依拠する場合であっても、解決要件を満たすことができる、と当裁判所は結論する。

この結論に基づき、本件が解決要件を満たすかについて考察する。
レノボによれば、エリクソンがFRAND宣言している以上、エリクソンはライセンシーと誠実交渉する義務を「最初(先)に」果たしていない限り、SEP侵害に対する差止め救済を求めることはできない。もしこの契約解釈争点においてレノボが正しければ、地裁での訴訟は解決要件を満たすことになる。なぜなら、エリクソンが誠実交渉義務を果たしているか否かは本件地裁における争点となっているからだ。以下に示す理由により、この契約解釈争点においてレノボは正しいと結論する。
FRAND宣言の根底にあるSEPへの懸念に鑑みると、FRAND宣言に何らかの実体的意味があるとすれば、かかる宣言をしたSEP保有者が最初に何らかの行動規範を遵守することなしに、SEP実施者に対する差止め救済を追求することはできない、というものだ。この行動規範とは、少なくともFRAND宣言の誠実交渉義務によって課されるものでなければならない、と当裁判所は結論する…(注:この結論を支持する他の判例の筆頭として、CAFCは英国最高裁のUnwired Planet Int’l Ltd. v. Huawei Techs. Co.判決(2020)を引用している)。

エリクソンは、コロンビアとブラジルの差止めは米国外の主権国家によって認可された独立の特許から発生するものであり、それぞれの領域内において行使されるのであるため、本件米国訴訟により解決要件が満たされたとはいえないと主張する。しかし、ここでの争点は特許権に関するものではなく、契約に関するものだ。エリクソンは(FRAND宣言することにより)自身の特許権をどのように行使するかに影響を及ぼす契約を締結したのである。米国裁判所によって契約が行使される場合、米国裁判所は外国特許法を執行するのではなく、当事者間の契約に関する私法を執行しているのである…。

以上の理由により、当裁判所は、本件においてASI判断基準における解決要件が満たされたと結論する。… ただし、これでレノボがASIを得る資格があることを最終的に示したというわけではない。残るパート(第二部、第三部)も含め、これらは地裁が分析しなければならない。
以上の理由により、地裁のASI申立て却下命令を破棄し、差し戻す。
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本判決に対してはすでに複数の弁護士や法学教授からコメントが出されていますし、今後さらに出てくると思います。共通して指摘されているのは、この判決により、SEP訴訟において米国裁判所が他国へのASIを認めるハードルが下がったということ。ただし、差戻し審において残る基準がどう判断されるか、引き続き今後の展開を注視する必要がありそうです。

*CAFC判決原文:24-1515.OPINION.10-24-2024_2408080.pdf

 

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