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2024.12.13

営業推進部 飯野

【Cases & Trends】欧州最新判例:UPC控訴裁が国内訴訟提起後のオプトアウト取下げを有効とする逆転判決

2023年6月1日のUPC協定発効により始動した欧州統一特許裁判所(Unified Patent Court: UPC)も約1年半が経過し、相次いで注目判決が下されるようになりました。本コーナーでも紹介した通り、7カ国を対象とする永久差止め命令や、17カ国すべての特許取消し命令など、まさにこの統一裁判所の破壊力を示す判決が出されています。*1)
これにより、セントラルアタックのリスクを回避する重要性が再認識される一方で、逆にセントラルエンフォースの効果を目の当たりにし、リスク回避あるいは新裁判所の様子見のためオプトアウトをしていた権利者が、統一制度に戻る選択(オプトアウトの取下げ、「オプトイン」)をするケースも増えているようです。オプトアウト取下げの件数をUPCオフィシャルサイトでチェックしたところ、2024年12月9日現在で424 件ありました。
この424件が多いのか少ないのかはわかりませんが、このオプトアウト取下げを一部抑制するような判決が昨年下されていました。ヘルシンキ地方部が2023年10月20日に下した判決で、一度していたオプトアウトを取り下げてUPCでの訴訟を開始した特許権者が、2020年に提起していたドイツ国内訴訟を理由にオプトアウト取下げが認められず、UPC訴訟が却下されるというものでした。*2)
この判決が確定すれば数千件の欧州特許が影響を受ける(オプトインできない)可能性がある、という専門家の指摘もあり注目されましたが、まさにこの一審判決が2024年11月12日の控訴審判決によって覆されました。すでに国内訴訟が提起されている場合はオプトアウトの取下げができない、とするUPC協定第83条第4項の文言は、あくまでUPC協定発効後に提起された国内訴訟を対象にするものと解釈されました。
以下、UPC控訴裁判所判決の骨子を紹介します。

AIM Sport Development AG v. Supponor OY et al. (CoA, 11/12/2024) *3)

[事案の概要]
2023年5月12日、原告AIMは、同社の欧州特許EP3295663(”DIGITALLY OVERLAYING AN IMAGE WITH ANOTHER IMAGE” 以下「EP663」)についてオプトアウト申請をした(UPC協定が発効する2023年6月1日前3ヵ月のサンライズ期間中の申請)。
2023年7月5日、AIMはEP663のオプトアウトを取り下げると同時に、被告Supponorに対するEP663侵害訴訟をUPCヘルシンキ地方部(第一審裁判所)に提起。併せて同特許侵害差止めの仮処分申請を同地方部に提出した。これに対しSupponorは、EP663のオプトアウト取下げが無効であり、依然オプトアウトが有効なためUPCは管轄権を有さない、とする予備的異議(UPC手続き規則19(1)(a))を申し立てた。

UPC協定第83条第4項は、「すでに訴訟が国内裁判所において提起されていない限り、前項に基づきオプトアウトをした特許権者/出願人は、何時であれオプトアウトを取り下げることができる」と規定している。EP663は2020年にドイツ国内裁判所で訴訟が開始されており、本件オプトアウト、オプトアウト取下げの時点ですでに独特許裁判所とミュンヘン地区裁判所において無効訴訟、侵害訴訟が係属中であった。このドイツ国内訴訟が第4項の国内訴訟に該当するとしてEP663のオプトアウト取下げを無効と主張するSupponorに対し、AIMは、「UPC協定第83条第4項は、UPC協定発効後に提起された国内訴訟のみを対象とすべき」と反論した。
2023年10月20日、ヘルシンキ地方部は、当該オプトアウト取下げは無効であり、ゆえにUPCは本件に対する管轄権を有さないとして、AIMによる仮処分申請、侵害訴訟ともに却下する決定を下した。
これを不服として、AIMはUPC控訴裁判所に控訴した。
― 原判決破棄・差戻し

[判決要旨]
本件の主要論点は、UPCの管轄権、とりわけUPC協定第83条第4項の「すでに訴訟が国内裁判所において提起されていない限り(Unless an action has already been brought before a national court) 」の意味である。

1.第83条全体に照らした「すでに訴訟が国内裁判所において提起されていない限り」の意味
AIMが指摘する通り、この文言、とりわけ「訴訟」という語は、それのみを切り離して読むのではなく、第83条全体の文脈において読まなければならない。
第1項は、UPC協定発効後7年の移行期間中、UPCの管轄対象となる訴訟は「依然として国内裁判所に提起することができる(may still be brought before national courts…)」と規定している。したがって、移行期間中は、協定締約国(Contracting Member States: CMS)の国内裁判所とUPCとの並行的管轄権が存在する。これは、第1項における「訴訟」が、移行期間中に提起された訴訟であることを意味する。このことは、「依然として」という語の使用からも明らかである。すなわち、移行期間中は、UPCの発効後も、それ以前と同様に国内裁判所で開始することができるということだ。ここで「提起する」という語は、明らかに移行期間中に開始された訴訟を意味している…。
第3項と第4項は、オプトアウトとオプトアウト取下げというオプションを特許権者に与えるとともに、その際の制限について規定している。第3項は、移行期間の開始以降にオプトアウトが可能になるとしている。サンライズ期間中にオプトアウト申請は可能だが、登録されるのはあくまでUPC協定が発効してからである。また、すでに訴訟がUPCに提起されている場合オプトアウトはできない。したがって、ここでいう「訴訟」は必然的に移行期間中に提起された訴訟を指す。移行期間前にはUPCが存在しておらず、訴訟提起自体があり得ないからだ。
第4項は、オプトアウトした特許権者が、オプトアウトの取下げをすることで、これを元に戻すことを認めている。第83条全体の文脈と、移行期間中に提起された訴訟に対し適用される並行訴訟という移行制度(transitional regime)に照らしたとき、第4項における「訴訟」が、第1項~3項における移行期間中に提起された「訴訟」とは異なるものととらえる理由はない、と当裁判所は考える。
結論として、第83条全体の文言と文脈に照らせば、「すでに訴訟が国内裁判所において提起されていない限り」という文言は、移行期間中に提起された訴訟のみを対象としていると解釈される。すなわち、移行期間前に提起された国内訴訟は、第83条の移行制度による影響は受けない。同様に、かかる国内訴訟が移行制度に影響を及ぼすべき理由は存在しない。とりわけ、かかる過去の訴訟が、移行期間中に特許権者に与えられたオプションに影響を及ぼすべき明らかな理由は見いだせない。

2.第83条の趣旨と目的
以上の解釈はまた、第83条の趣旨と目的によって導かれ、裏付けられる。第83条は、UPC協定が発効した2023年6月1日以降の移行制度/措置について定めている。同条は、UPC協定締約国が国内裁判所の管轄を一気にUPC管轄に置き換えることを望まず、両裁判所の並行的管轄を導入することによる段階的移行(gradual transition)を望んでいることを示している。
この段階的移行のひとつとして、UPC管轄からのオプトアウトを可能にすることにより(第3項)、UPC発効前から存在する欧州特許権者の権利と期待を尊重して、彼らが自身の特許を新制度に服させる前に、新たな裁判所の機能について自信をもち、精通する機会を与えることとした。
さらにオプトアウトの取下げを可能にすることで(第4項)、特許権者がかかる自信と精通を得た後に、一度行ったオプトアウトの結果を元に戻し、新たなUPC制度を利用することを認めることとした…。

このようなオプトアウトとオプトアウト取下げに対して加えられる制限は、この制度の濫用を防止することを目的とする。第83条第3項におけるオプトアウトの制限(すでに訴訟がUPCに提起されている場合、オプトアウトはできない)の背景にあるロジックは、ひとたび特許権者が自らUPCを利用した場合、あるいは(オプトアウトしないことにより)第三者によるUPCの利用を可能にした場合、その後のUPC利用を阻止するためにオプトアウトすることは不当であり、第三者の法的安定性に反するというものだ。
同様に、オプトアウトされている特許について、第4項は、すでに国内訴訟が提起されている場合はオプトアウトの取下げを不可能とする。裁判管轄を不当に切り替えるような制度濫用の阻止という目的に照らせば、「すでに提起されている」という文言は、移行制度が始まった後に国内裁判所に提起された訴訟を意味するのでなければならない。移行制度が存在する前では、制度濫用自体が不可能となる。

Supponorは、オプトアウトやオプトアウト取下げを制限する目的は、並行訴訟の可能性とそれに伴うクレーム解釈不一致のリスクを抑えることにあると主張するが、同意できない。UPC協定における移行制度は、国内裁判所とUPCの並行手続きが明確に予測できる状況を思慮深く創設している。締約国が並行訴訟(の結果)を排除したかったのであれば、別の移行制度を選択したであろう。さらに、並行訴訟を最小化し、相反する判決を回避するという目的は、すでにEU加盟国間の国際裁判管轄と判決の承認・執行に関するブリュッセルI改正規則(Brussels Recast I Regulation)で対応している。… 要するに、第83条の趣旨と目的は、並行訴訟および相反する判決を回避することではなく、特許権者にUPC管轄からオプトアウトするオプションを与える一方で、特許権者による制度濫用によって第三者の権利と法的安定性が損なわれることのないようにするメカニズムを提供することなのである…。

以上の通り、UPC協定第83条全体の文言、構成および同条の趣旨と目的に鑑み、当裁判所は、「すでに訴訟が国内裁判所において提起されていない限り」という文言は、移行期間中に国内裁判所に提起された訴訟を意味するものと解釈すべきと結論する。
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この判決を下した控訴裁判所第2合議体(second panel)は、Supponorが求めている大法廷再審理の必要はない、と判決文中に記しています。これについては、同じ争点を第1合議体が扱った場合、必ずしも同じ結論が出るとはいえないという指摘もあります。とはいえ、当面はオプトアウトを取り下げ、セントラルエンフォースへと舵を切ろうとする権利者への足かせのひとつが取り払われたといえます。侵害に対する差止め仮処分も積極的に認めているというUPCの今後の展開が注目されます。

*1) 『欧州UPC始動後1年、相次ぐ本案判決 – 7カ国対象の永久差止め命令(7/3) 、17カ国すべてで特許取り消し(7/4)』 https://www.ngb.co.jp/resource/news/5109/
*2) 『欧州統一特許裁判所最新判例紹介 – オプトアウト取下げの有効性をめぐる控訴審第1ラウンド、控訴期限を明確化』 https://www.ngb.co.jp/resource/news/5066/
*3) UPC控訴裁判決原文 https://www.unified-patent-court.org/en/node/1247

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